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第91話「復讐者の誓い」

 真と菫は風呂から上がるとパジャマに着替える。


 菫には奏が使っている予備のパジャマを用意した。胸が少しばかり苦しそうである。着ているというよりも、絞めつけられていると形容できるほどだ。


「スミちゃん、大丈夫?」

「う、うん。何とか」

「姉さん遅いね。まだ帰ってこないなんて」

「そうだね」

「じゃあ、2階まで行こっか」

「うん」


 2人は嬉しそうに階段を一緒に上りながら2階にある真の部屋まで行く。


 マコ君の部屋に行くなんて何ヵ月ぶりかな。今まで行けなかった分、何だか新鮮に感じる。一緒にお風呂まで入ったんだからきっと――。


 真の部屋は相変わらずどこも変わっていない。端っこに置かれているベッド、部屋の奥の方にあるパソコンと机と回転椅子。代わり映えしない部屋に菫は心から安心する。


「じゃあ、押し入れから布団を出すね」


 真が押し入れの引き戸に手をかけたその時――。


「!」


 菫が真の手を掴む。布団なんて要らないと言わんばかりに。


「マコ君、今日は同じベッドで寝ちゃ駄目かな?」

「ええっ!?」

「マコ君……大好きっ!」

「んっ!」


 菫は真と口づけを交わし、2人はそのままベッドに横たわる。最初は抵抗のあった真も菫の柔らかい感触と香りに負けてしまい、そのまま彼女に体を委ねるのだった。


 午後10時、奏は樹と共に居酒屋黒杉で飲んでいた。


 だがいつもよりは酒を飲んでいない様子。酒好きの樹があまり飲まないのは余程真面目な話をする時である。他に客は一切おらず、2人がこの店を独占している状態だ。


 奏は真を心配するが、それ以上に樹の事が気がかりだった。


「本当に辞めないのか?」

「ああ、黒杉財閥に復讐するまではな」

「何でそんなに復習がしたいんだよ」

「俺はあいつらに不当解雇されたんだぞ。それで黙っていろってのか?」

「あたしも危うく不当解雇されかけた。でもあたしの場合は多くの仲間たちの協力で会社に残る事ができたんだ。何で樹は戦わなかったんだ?」

「俺も同僚も抗議したさ、でも上司との仲が悪かったからせいで結局跳ね返せなかったんだよ。実家は独立至上主義が強かったから、実家に戻るわけにもいかねえ。しゃあなしに就活をしても、俺の名前が出ただけでみんな全然採用してくれねえ。俺の生活は貧しくなるばかりだ。そんな時に赤羽さんが声をかけてくれてさ、それで黒杉財閥に復讐を果たすまでの間、雇ってもらう事になったんだよ」

「復讐を果たした後はどうするんだ?」

「……」


 樹は黙ってしまう――そんな事は考えもしなかった。


 今できる事をするのに精一杯な樹にとって、未来などどうでもいい事であった。彼の心は黒杉財閥への復讐心に燃えている。生活を奪われた彼に失うものなどなかった。


「今の事しか考えてないんだな」

「ああ、もし今の状態でレジスタンス新聞を辞めたら、俺は真っ先にあの連中に捕まるだろうな。だから今辞めるわけにはいかねえ」

「――何で黒杉財閥は今のお前を捕まえようとしないんだ?」

「それは秘密だ」

「秘密って言った時点で半分答えたようなものだぞ。レジスタンス新聞は黒杉財閥の弱みを握っていて、あいつらはそれをばらされるのが怖くて捕まえようにも捕まえられない。だから仕方なくテロ組織に認定するくらいしかできなかったってところだな」

「……相変わらず勘が鋭いな」

「これ以上は詮索しないけどさ、復讐なんかしたって、樹が満たされる事はないぞ。空しいだけだし、何の解決にもならないさ」

「お前は無事だったからそんな事が言えるんだろーがっ!」

「!」


 今の樹にとって奏は羨望の対象でしかなかった。無事に会社に残り、多くの仲間との信頼を気づいている奏は、同時に羨ましい存在でもあった。


 そんな幼馴染との格差に、樹は苛立ちと焦りを感じていた。


「……済まなかった」

「!」


 奏は謝りながら涙をボロボロと流す。


 元はと言えば奏と政悟の間に起きた出来事である。


「あたしが……黒杉政悟に目をつけられたばっかりに……」


 樹は気づいてしまった。あのまま放っておけば自分は無事で済み、奏が犠牲になってしまっていた事を。元はと言えば奏を助けるために自分が介入した事で、両方共不当解雇の危機に陥ってしまった事にも。


 そうだ……俺が介入したのが原因だよな。なのに俺は……今の奏を羨んで……カッコわりいな。しかもこんなに気を遣わせて。


「奏、済まなかった」

「良いんだ。樹が助けてくれなかったら、あたしはずっとあいつとつき合わされていたんだからさ、何かあたしにできる事があったら言ってくれ」

「……俺、奏が好きだ」

「――!」


 突然の告白に奏は顔を赤らめて驚く。


 酒の勢いではあったが、樹が嘘を吐いているとは到底思えなかった。彼女は適切な返事を要求される状況に陥った。


「あたしも……樹が好きだ」

「! じゃ、じゃあ――」

「ただし、つき合うのはレジスタンス新聞を辞めてからだ」

「でも俺、今は赤羽さんたちと共同生活をしてるんだ。だからもし辞めたら出ていかないといけないんだ。以前いたアパートからも、テロ組織の人間は住まわせられないって言われて追い出されたからさ」

「安心しろ。再就職するまではうちに置いてやる。いつかレジスタンス新聞を辞めたら、その時は迷わずうちに来い」

「奏……」


 人間捨てたもんじゃないな。


 樹はそんな事を感じながらわずかばかりの優しさを取り戻す。2人はしばらく奏と語り尽くしてから解散すると、いつか奏とつき合うため、樹は赤羽たちのいる家へと戻っていく。


 午後11時、奏がようやく家に戻ると真以外の靴がある事に気づく。


 デザインの色や可愛さからすぐに菫の物だと気づくのであった。

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