第90話「確かめ合った想い」
菫の心臓はバクバクと鼓動を早め、明らかな緊張状態になっている。
彼女の異変を察知した真は菫の様子をうかがうようにジッと見つめる。
「私、マコ君が好き」
「! ……スミちゃん」
突然の告白に真はどう反応して良いか分からず、心臓の鼓動が段々と速くなる。
「マコ君とこうして一緒にいるだけで、凄く癒されるの。マコ君のカップリングを知った時も、自分の好きな人が他の人に取られたと思って、それを認めたくなかったからつい真反対の事を言ってしまったの。マコ君がいない時も、ずっとマコ君の事ばっかり考えてた。それでやっと気づいたの。他が見えなくなるくらいマコ君が好きなんだって」
「スミちゃん……僕もスミちゃんが好きだよ」
「!」
真もようやく自分の気持ちを打ち明ける。たとえその場の勢いだったとしても、これだけはちゃんと言っておかないと後悔する。その思いが彼を突き動かした。
「……えっと、僕はスミちゃんの可愛いところとか、素敵な音楽を作曲できるところとか、色々気に入ってるけど、1番好きなのは――優しくて素直な純粋さだよ」
「あ……ありがと」
「礼には及ばないよ。スミちゃんが素敵な人なのは本当の事だから」
「あの……もし良かったら、カップリングとか……どう?」
「そんな事しなくったって、僕らはもうカップルでしょ」
「――ふふっ、そういうところ、昔から全然変わってないけど、私はそういうマコ君が大好き。何か子供っぽくて可愛い」
「褒められてるのかな」
「褒めてるよ」
こうして2人は晴れて恋人同士となった。
2人はその後もデートを楽しみ色んな場所へと赴く。傍から見れば完全にカップルである。破局の危機を乗り越えた2人は今まで以上に仲良しになっていた。
午後8時、いつの間にか夜になっている事に気づく2人、だが菫はこのまま解散するのが嫌だった。ずっと彼と一緒にいたい。まるでブレーキが壊れたかのようにその想いは強さを増すばかりであった。
「もうこんな時間だね。そろそろ帰ろうか」
「マコ君、私今日は帰りたくない」
「えっ、でも帰らないと両親が心配するよ」
「さっきメールで今日は泊まってくるって言っちゃった。ねえ、マコ君の家に連れて行ってよ。今日はずっとマコ君と一緒にいたい」
「ふふっ、分かった。姉さんにメールしておかないと」
真はスマホを取り出して奏にメールを送る。
奏はまだ家には帰っておらず、泊まるなら勝手にしてくれという内容の返信を残す。
「姉さん帰ってないんだ。珍しいな」
「きっと空気を読んでくれたんだね」
「いやいや、さすがにそれはないと思うよ」
「マコ君って夢がないなー」
「そんな事言われても困るなー」
「じゃあ行こっか、マコ君の家に」
「……うんっ!」
真と菫は同じ電車に乗り、同じ道をひたすら歩く。その間、特に何かを話す事はなかった。2人は何も話さなくてもそばにいるだけでその幸せをかみしめていた。
午後9時、八武崎家に着くが人気は全くなく、2人は姉の不在を不自然に思いながらも家に入っていく。
「――誰もいないね」
「残業かな。でも普段の姉さんは残業なんてしないはずなんだけどなー」
「ねえ、先にお風呂入った方が良いよ。マコ君は今日いっぱい走って汗かいたんだから」
「う、うん。そうだね」
真はまんまと菫の口車に乗り風呂の支度をし始める。
しばらくして風呂が沸いたアナウンスが鳴ると、真は洗面所で脱いで風呂に入ると、いつものように全身を洗ってから湯船に浸かる。
「はぁ~、今日は疲れたなぁ~」
京子さんを振ったり、スミちゃんと仲直りして恋人同士になったり――。
真がそんな事を考えながら疲れを癒そうとしたその時だった。
「ええっ!? スミちゃんっ!?」
そこには生まれたままの姿で開いたドアから笑顔で入ってくる菫の姿があった。真にとってはサプライズ以外の何物でもなかった。彼女のスタイルの良さに真は赤面して目を逸らす。
「恋人同士なんだから、別に不自然じゃないでしょ」
「そ、それはそうだけど、今日恋人になったばっかりだよ」
「たとえ初日でも10年目でも、恋人は恋人だよ。こういうのは年月の長さじゃなくて、気持ちの強さの問題だからね」
菫がいつにも増して積極的である。
普段の菫からはまず想像ができない大胆さだ。菫はそっぽを向く真を他所にシャンプーやリンスを使って全身を洗い始める。
「ふーんふーんふーんふーん」
菫は自ら作曲した曲をリラックスしながら鼻歌で歌い始めると、真は菫の曲を咄嗟に思い出す。この曲に励まされていた事を彼は思い出す。
「うわっ!」
菫が全身を洗い終えると、勢いよく湯船に飛び込んでくる。真の前には後ろ姿のまま菫が座っており、健康的で真っ白な肌に真は惹かれていく。
「あっ、ごめん。ちょっと勢い強かったね」
「スミちゃん、ちょっと近いよ」
「しょうがないよ。だってこのお風呂狭いんだもん」
「1人分のお風呂に2人も入ったらそりゃ狭いよ」
「マコ君と一緒にいると、凄く落ち着く」
「……僕もだよ、スミちゃん」
彼らは思った。こんなにも平和で心地良い時間がずっと続けば良いのにと。
2人は何も話さず湯船で一緒に過ごすのだった。
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