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第88話「けじめをつけるために」

 唯一のカップリング成立によって明人が目立っている。


 彼の隣にいるのは菫とは別の女性だった。よって菫は彼とのカップリングを断った格好となる。これを見た樹はホッと胸をなでおろす。


 菫も樹も会場の端っこから2人のカップリングに祝福の拍手を送る。


「やっぱりホストなんだな」

「そんな事ないと思うよ」

「何でそう思うんだ?」

「だってカップリングは第5希望まで入力できるんですよ。鳥谷君はきっと私を第1希望にしれてくれていたと思います。彼、約束はちゃんと守る人ですから」

「つまりあいつは長月さんに振られた時の事を考えて他の女ともカップリング候補に入れていたわけだな。俺はああいうのは好きになれねえな」

「ふふっ、リスクヘッジはホストに必要な能力だと思いますよ。一生食べていける職業じゃないからこそ、ちゃんとアフターケアができるんですよ」


 菫は彼の行動パターンを見抜いていた。


 彼女自身、フリーコンポニストという不安定な職に就いているからこそ、彼の考えが手に取るように分かるのだ。そのためか、彼に対して悪い気はしない様子だ。


「何でそこまで分かるんだ?」

「さっき彼と目が合った時、少しだけ残念そうな表情になってたんです。それで私を第1希望にしてくれていたのが分かりました」

「あいつとカップリングしなかったって事は、真を選んだんだな」

「はい。今度の日曜日に会おうという事になったんで、その時にマコ君と話し合おうと思います。今後の付き合いもそこで決まると思います」

「――そうか。まあ、頑張れよ。じゃあ俺帰るわ」

「はい。ありがとうございました」


 菫は樹がいる方向へ頭を下げながら礼を言うが、樹はそれを見もしないで会場から去って行く。礼を言われる覚えはないと言わんばかりに。


 彼女の決断を見届けた樹にとって、もはや菫は関心事ではなくなった。


 菫にはあんな事を言っておいて、自分は何もしないわけにはいかなかった。彼女の背中を押すはずが、自分の背中も一緒に押していた事に気づいた樹であった。


 数日後――。


 日曜日の午前10時、真は菫と会う約束をしていながらぐっすり寝ていた事もあり、見るに見かねた奏に起こされ、昼食を食べる事なく手早く身支度を済ませたところであった。彼はそのまま家から飛び出すように出ていく。


 急いでいる真を後ろから見つめる奏は、いつもと変わらないなと思いながら彼を見送る。


 真、ちゃんと仲直りしろよ。


 しかし真が向かったのは菫と待ち合わせをしている場所ではなく、京子の家であった。彼にはどうしても一度彼女と会って話したい事があったのだ。


 真は事前にアポを取っていた事もあり、どうにか京子の家へと入る事を許される。


「あたしは今日も大事な予定があったのです。あなたが緊急案件とおっしゃるから、それをキャンセルしてまでこうして会ってあげているのです。相応の案件なんでしょうね?」

「もちろんです。少なくとも、僕にとっては重大な問題です」

「みんな下がりなさい……ではどんな案件か言ってみてください」


 京子はそう言いながら後ろを向いている。真からは彼女のムスッとした顔が見えず、彼女は使用人たちを下がらせ、真と京子の2人きりとなる。


「お願いです。僕とのカップリングを解除してください」


 真は自らの気持ちを正直に強固にぶつける。


「言いたい事はそれだけですか?」

「はい。どうしてもカップリングを解除してほしいんです」

「はぁ? あなた自分が何を言ってるか分かってるんですか? そんな事を言うためによくここまで来れましたね。嫌だと言ったらどうするつもりなんですか?」

「どうしても拒否なさるのでしたら、あなたをレジスタンス新聞に売ります」

「! あたしを脅すつもりですか?」

「できればそんな事はしたくありません。でもこうでもしないと、大切な人と面と向かって話せる気がしないんです。最初は京子さんの事を思って京子さんとの件には一切触れずに事態を収拾しようとしていました。でもそれじゃ駄目だったんです。彼女にはそれが不誠実と受け取られました」

「菫さんの事ですか?」

「――はい。僕は彼女にちゃんと謝らないといけないんです。でもっ、あなたのカップリングをしたままでは、謝ろうにも謝れないんですっ!」


 彼は今まで思っていた事をそのまま京子にぶつける。


 それが彼女の心にグサッと刺さり、もはやその傷に耐えられない状態になる。京子は涙を流しながらようやく語り始める。


「どうして……あたしじゃ駄目なんですかっ!?」

「それは――」

「私が……黒杉財閥の人間だからですか?」

「違います。あなたよりもずっと僕の事を想ってくれる人がいるからです。あなたがカップリング解除を拒む理由は分かっています。でもそれじゃ駄目なんです。自分の好きな人から好きになってもらうのは奇跡だと思います……そんな奇跡を起こせるのは、相手の幸せを第一に考えられる人なんだと思います」

「!」


 京子は遠回しに自分が幸せになる事しか考えていないという自らの欲望に気づかされる。


 真が京子に伝えたかった事、それは真実の愛だった。


 黒杉家の人間は常に愛に飢えた状態である。それ故に強引な手段でしかカップリングができない。それこそ彼女がなかなか結婚にまで辿り着けない理由なのだと。


「あなたは愛を知らないまま生きてきた。だから自分の事を考えるので精一杯なんですよ。あのデートの日に僕やスミちゃんがどれほど傷ついたか知ってますか? あなたは気に入った人とのカップリングを必死になって守りたいだけで、僕の事なんて何も考えてない。でも彼女はずっと僕の事を想い続けてくれていました」

「……あんな酷い振り方をしておいてですか?」

「彼女は不器用なところがありますから。まあ、人の事言えないんですけど。でも彼女は僕からのメールを全部読んでくれていました。それで姉さんや知り合いを通して後悔していると伝えてくれました。それで今週になってようやく返信がきて、今日会う約束をしてくれました。彼女は僕のためにずっと泣き続けて、やっと勇気を振り絞って行動してくれたんです。それがあなたとの違いですよ」

「あたしだってそれくらいできますっ!」

「!」


 京子はもう限界だった。菫には絶対に勝てない事実を突きつけられる事に。


 真には策があった。だがそれがうまくいくかは京子の決断次第でもあった。

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