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第86話「省みる心」

 菫が見たのはかつて中学の時の同級生であった。


 まるで校則から解き放たれたかのようなボサボサした茶髪、胸元まで外れているボタンの服、白と黒を基調としたキザな服装をしている。


 彼の名は鳥谷明人(とりたにあきと)、25歳。身長172センチ、東京都内のクラブに勤める『ホスト』である。甘いマスクで多くの女性を虜にしてきたチャラ男である。


「もしかして、鳥谷君?」

「ああ、そうだよ。ひっさしぶりだなー。元気してる?」

「うん、鳥谷君も元気そうだね」

「今は何やってるの?」

「フリーコンポニストっていうんだけど、分かる?」

「――いや、分かんない。ちょっと調べるわ」


 明人はそう言いながらキラキラしたスマホを使い、フリーコンポニストで検索する。


 分からない時はすぐに調べる現代っ子の初歩的な立ち振る舞いに菫は感心しながら少し待つ。彼はスマホの画面と睨めっこをしながら会話を続けようとする。


「へぇ~、菫ちゃんは作曲家なんだねー」

「フリーだから、所属とかはしてないんだけどね」

「俺は今ホストなんだよね」

「えっ!」


 菫は思わず驚き、後ずさりしてしまう。彼女はホストに対してあまり良い『イメージ』を持っていない。


 ホスト=女性を騙す人という方程式が咄嗟に彼女の脳裏をよぎる。このままでは騙されてしまうと思った彼女は警戒の姿勢を見せる。


「怖がらなくても良いよ。そりゃあホストって偏見あるかもしれないけど、菫ちゃんを貶めるような事はしないから、安心して」

「う……うん」


 菫と明人はいつの間にかツーショットになっている。


 知り合いである事がそのままアドバンテージになる格好となり、他の男たちはしばらく様子を見たままその場を動こうとしない。少しでも変な事をしたら咎めてやろうと言わんばかりだ。


 婚活イベントでは少しでも目立つ人がいると必ずマークされ、弱みを見せればそこを執拗に攻めるのが定石である。


 だがそんなセオリーをこの2人は知らない。


「ホストが婚活イベントに来ると迷惑なんだよねー」


 菫の近くにいたガヤの1人が明人に食ってかかる。イケメンに勝てる手段があるとすればここしかないと思っているのかやけに強気だ。


 だが明人は怯みもしなかった。


「迷惑って、誰が?」

「お前だよ。毎日女を騙して得た金で飯食ってる奴が、本気で人を好きになれるとは到底思えねえっつってんだよ!」

「個人的には、そうやって相手の事もよく分からないまま、偏見を押しつけてくる奴の方がよっぽど迷惑だと思うけどね。それに俺が女を騙してるって言うなら証拠を見せてみろよ。じゃないとお前の事を名誉毀損で訴えるぞ」

「うっ……」

「分かったらとっとと失せな」

「クッ」


 ガヤの1人がその場を去り、それを見た他のガヤはその場に立ち尽くす。樹は誰からも話しかけられることなく菫を見守っている。


 この切り返しにより、明人は菫とのツーショットの権利を得る。


「やれやれ、どうして個人を見ようとしないんだか」

「ご、ごめんね。さっきまで私もそういう目で見てた。ちゃんと考えもしないで、相手の事を勝手に決めつける人間だって思い知らされた。だから私、誰とも関係がうまくいかなかったんだ――あっ、ごめんね。何だか愚痴みたいになっちゃって」

「気にすんな。俺は職業柄、そういうのは慣れてるから。でもさ、ちゃんと気づけただけでも十分進歩だと思うよ。あっ、そうだ。菫ちゃんの曲、聞かせてもらっても良いかな?」

「うん、良いよ。イヤホン持ってるかな?」

「一応あるよ」


 明人はポケットから黒く細長いイヤホンを取り出し、それをスマホに繋げた状態にして両耳に装着する。


 そして菫が用意したスマホ画面に映っているQRコードをスマホで読み取り、菫が作曲した3分程度の新曲を聞く。サビの部分がきた瞬間、彼は鳥肌が立ち、その曲の魅力に取りつかれた。


 曲が終わった後も鳥肌が止まらず、しばらくはボーッとしたまま余韻に浸っている。


「どうかな?」

「これ凄く良い曲だよ」

「ホントにっ!?」

「ああ、菫ちゃんならきっと歴史に残る作曲家になれるよ」

「大袈裟だよぉ」

「あのさ、良かったらその、友達からで良いからさ、俺とつき合わないか?」

「えっ!」


 菫はまたしても男から誘われる。これでもう何度目の誘いなのかを彼女は覚えていない。1年前の今日何を食べたのかを覚えていないのと同様、この手の誘いは何度も受けてきた。


 だが今回の誘いは彼女を迷わせた。


 菫は彼の言動によって自分が真の事を誤解しているのではないかと考えていた。だがもう振ってしまった今、新たなスタートを切るのも良いかもしれないと思う自分もいる。


「あー、いやっ、そのっ、無理にとは言わないよ。もしOKなら俺とカップリングしてくれよな。カップリングとは言っても、交際自体は自由だからさ、いつやめるって言われても文句は言わないよ。だからそんなにプレッシャーに感じないでくれよな。じゃあまた後でな」

「あっ、ちょっと」


 菫が呼び止める前に明人は去って行く。そして彼と入れ替わるように樹がやってくる。


 他の男は菫に近づこうにも近づけない。樹もまた、菫とさっきまで親しげに話していたためか、強力なライバルであると思われている。樹はそんな事も知らないまま彼らからの嫉妬の視線を浴びる。


 何で俺あんなに睨まれてるんだ? 会話がしたいなら自分から話せば良いだろうに。そんなんだからいつまでも婚活法から脱出できないんじゃねえのか?


「!」


 樹は気づいてしまった。自分はガヤたちに対してそう思いながら、自分も奏に対して自分から話そうとしなかった事に。


 もしさっきの想いを言葉にしていれば、その言葉が自分にそのまま帰ってきていたなと考え、彼は思っているだけで良かったとホッとする。


 樹は迷っていた。このまま新たな恋愛をスタートさせてやるか、それとも真との復縁を手伝う事にするかを。


 樹はスマホを取り出し、真にメールを打つのだった。

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鳥谷明人(CV:松岡充)

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