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第84話「幼馴染以上恋人未満」

 午後12時、樹は婚活イベントの会場へと向かう。


 樹が参加する予定である『結婚したくない人限定編』にはかなり多くの人が集まっていた。この事から多くの人は婚活に熱心ではない事が見て取れる。


 その中に、ひと際可愛い女性の姿に樹はすぐに気づく。


 そこには散々真と話していた菫の姿があり、彼女は婚活イベントが始まる前から多くの男性に話しかけられており、彼女はそれにビビっている様子。


 体は震え、心拍数はいつもより高い。人前ではどうしても緊張が拭えない。


 だが世の男性たちはそれを緊張ではなく、自分の事を好きだからであると勘違いしている。婚活をする者のほとんどは恋愛経験がなく、相手の仕草1つで簡単に勘違いを起こす。


 そのために菫は何度も話しかけられている。だが男性恐怖症である彼女にとってこの現場は地獄でしかなく、自らの事情さえも伝えられないままである。


 見るに見かねた樹は菫に駆け寄り、彼女に話しかける。


「長月さん――だよな?」

「は、はい」

「ちょっと良いか?」

「はい」


 菫はニッコリ笑うとそのまま男性包囲網を脱出し、樹の元へと駆け寄っていく。菫にはどの男も同じように見えてしまう。


 せいぜい服装が違うだけの同じ人という認識であり、ただの動く背景でしかない。


 菫にとって樹は真の姉の幼馴染という認識である。


 だが樹に限って言えばただの知り合いというわけでもなく、八武崎家で一緒に食事をした仲ではあるし、結婚式の際に一度は命を助けてくれた恩人である事から、知り合いよりは上の位置であった。


「ふぅ、やっと脱出できた」

「長月さんは男が怖いんだったな」

「はい。一部の人を除けば、男性はやっぱり緊張しますね」

「俺も女と一緒にいる時は緊張するから、その気持ちは分からんでもない」

「奏さんとは普通に話してましたよね?」

「あいつは半分男みたいなもんだからな」

「奏さんに失礼ですよ」

「あいつには内緒な」


 樹はそう言いながら菫がいる方を向き、まるで悪戯でもやりそうな顔をしながら人差し指を自分の口元で立てた。


 彼はどうしても気になる事があった。何故菫が話し合いもせずに真と距離を置いているかである。どうしても気になる事ではあるが、あまり人のプライベートに踏み込むのもどうかと思う自分がいる。


「最近マコ君と会いましたか?」


 ふと、菫が彼の心境を察したかのように真の近況を尋ねる。


 既に事情を知っている樹からすれば、やはり彼女も真の事を気にしているのだと感じた。


「あいつ、凄く悲しんでたぞ」

「――マコ君が悪いんですよ。私を差し置いて他の人とカップリングなんてしちゃうんですから」

「カップリングしてるから好きとは限らないんじゃないか」

「えっ?」

「それにだ、長月さんは真とつき合ってるのか?」

「……あくまでも、幼馴染としてのつき合いです。最近はよくデートにも行ってたんですけど」

「カップリングもしてないのに、他の人とのカップリングに対して怒るのは違うと思うな」

「!」


 菫は気づかされる。自分がいかに傲慢であるかを。


 幼馴染としてではなく、彼女としてつき合おうと言ったわけでもない。なのに他の人とのカップリングには怒る。本来であれば堂々と彼女であると言える状況でなければ怒る資格はない。


 彼女はその事に樹からの指摘によって気づかされたのだ。


「駄目ですね……私って。彼氏彼女の関係でつき合っているわけでもないのに、マコ君に対して一方的に嫌いなんて言っちゃって、何であんな事言ったんだろうって、何度も自分を責めたんですけど、もうすでに手遅れというか。マコ君もそんな私に呆れてるはずです」

「呆れてなんかいないと思うぞ」

「どうですかね」

「あいつは昔っから奏に似て馬鹿正直というか、良くも悪くも真っ直ぐで、相手に寄り添う事のできる良い奴だと思うし、あいつが何の理由もなしにカップリングをするとは思えないんだよな」

「!」


 菫は1つの仮説に辿り着く。


 カップリングしているのではなく、カップリングする事を強いられていたのではないかと。


「仲直りするんなら今の内だと思うぞ。幼馴染としてではなく、1人の女として見てほしいんだろ?」

「何でも分かるんですね」

「まあな」


 これは樹自身にも刺さる話であった。


 真と菫の2人を思い浮かべる度、自分が奏の事をどう思っているのかを考えさせられる。どちらかと言えば好きな方ではある。だが奏にそんな思いを伝えても笑い飛ばされそうでならない。だがそんな事を恐れていては、自分も今の菫と同じ状況であると思い知らされる。


 俺もあんまり人の事言えねえな。


 樹はそんな事を考えながら天井を見る。


「おー、これはこれは、立花樹君じゃないか」


 後ろから話しかけてきたのは政悟だった。相変わらずの高級な服に加え、相手を見下すような表情で樹をあざ笑うように睨みつける。


「またてめえかよ。一体何の用だ?」

「就職活動は順調なのかなと思ってね」

「やっぱりてめえの仕業だったんだな」

「この俺に逆らうからだ……ん? なかなか可愛い子じゃないか。彼女か?」

「俺がそんなモテる奴に見えるか?」

「何やら親しげに話していたみたいだが、彼女じゃないなら俺が貰っていくぞ」


 ま、まずい。このままあいつに持っていかれたら、長月さんが真と仲直りするチャンスを永久に失っちまう。それだけは絶対に阻止してやる! 俺があいつらに狙われる事になったとしてもっ!


 樹は男になる覚悟をした。それは捨て身の覚悟に他ならなかった。

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