第8話「しっかり者の過去」
菫と樹はしばらく真と奏と話す。
午後6時半になると、奏が夕食の準備を始める。
「スミちゃんも樹もうちで夕食食べていったら?」
「えっ、良いんですか?」
「ああ、良いぞ。久しぶりだからな。今まで何してたのかも聞きたいしな」
「分かりました」
「良いのか?」
「拒否権があるとでも?」
「俺拒否権ねえのかよ!? まあいいや、ただで飯食えるんならそれで良いぜ」
奏が夕食を作っている間、真たち3人はリビングでくつろぎながら雑談を楽しむ。
午後7時を過ぎると、リビングのテーブルに夕食4人分が置かれていく――。
米、味噌汁、ブリ大根、奈良漬け、レンコンと人参とこんにゃくを刻んで和えたもの、ほうれん草のゴマ和えといったものだった。
メニューは豊富だがサイズが小さめなのが奏の料理の特徴である。
味噌汁は朝と同様にワカメ、キノコ、豆腐、ネギが入っている――。
「「おおーっ」」
「スミちゃん、何で驚いてるの?」
「何でって、こんなに本格的な和食メニューって今時家庭内じゃなかなかないんだよ。奏さんって料理得意なんですね~」
「あたしは会社で和食メニューの開発担当だからな。それでいつも真に新メニュー候補のサンプルを食わせてるんだ」
「――僕実験ネズミだったのっ!?」
「そうだな」
「そこは否定してほしかったなー」
真たち4人は夕食を食べ始める。
奏の料理は相変らず絶品である。
まさか婚活法が元でスミちゃんに立花さんと再会するとは思わなかったな~。
真はそんな事を考えながら黙々と食べる――。
「じゃあスミちゃんは高校を出てから作曲した曲を投稿するようになったのか?」
「はい。高校を出た直後は会社に勤めてたんですけど、人見知りなせいでなかなか職場に馴染めなくて、ついにお局に目をつけられるようになって会社にいられなくなったんです。それでしばらくは就労支援施設に行ってたんですけど、その頃から好きだった作曲を始めて、音楽投稿サイトに曲を投稿するようになったらコメントで収益化を勧められて、それでいつの間にか曲を投稿する趣味が仕事になってたんです」
「好きでやってた事がそのまま仕事か。まるで真みたいだな」
「僕は逆のパターンだよ。最初は就職せずに済む仕事だと思ってアフィリエイトをやってたら、いつの間にか趣味になってたから、趣味と仕事の境界線がなくなっちゃったんだよね」
「私も趣味と仕事は分けない方かな。スタートは違ってもゴールは一緒みたいだね」
「つまり真は『アフィリエイター』を仕事として始めて、長月は『フリーコンポニスト』を趣味として始めたわけだな」
アフィリエイトで稼ぐ者はアフィリエイターと呼ばれ、曲を投稿して稼ぐ作曲家の事は若者を中心にフリーコンポニストと呼ばれていた。
しかし菫の曲は一部のファンにこそ人気があるものの、再生数自体が少ないためか稼ぎそのものはいまいちであり、真の稼ぎと良い勝負であった。
夕食が終わり、菫と樹は八武崎家を後にする――。
真と奏は玄関から2人を見送る事になった。
日はすっかり暮れており、樹が菫をエスコートする形で途中まで夜の道を一緒に帰る。婚活イベントで出会ったばかりなのか微妙な距離感があった。
「夕食美味しかったですね」
「ああ、あいつは料理の腕だけは確かだからな。てっきりもう結婚してると思ってたけど、あの性格じゃきついだろうな」
「奏さんの幼馴染なんですよね?」
「幼稚園からの腐れ縁だよ。家が近かったから小中高まで一緒だったんだ。でも大学を出てからは全然会ってなかったから8年ぶりかな」
「私とマコ君が合うのは10年ぶりなんです」
「もうそんなに経つんだな」
樹は奏と過ごした過去を思い出す。
12年前――。
奏も樹も高校3年生を迎え、受験生になっていた。
樹は同じクラスの人気女子に誘われて交際をし始める。しかしその女子の本質を見抜いていた奏は樹を心配していた。
「あんたさー、本当にあいつとつき合うつもりか?」
「別に良いだろ。せっかくあいつから誘ってくれたんだからよー」
「あいつはやめとけ。あいつは男を遊びの道具としか思ってない女だぞ。金がなくなったらすぐに捨てられるのが目に見えてるよ」
「おー、もしかして負け惜しみか?」
「もういい、勝手にしろ! 捨てられても知らねーからな!」
「大丈夫だってー、俺にかかればどんな女だってちょろいってもんよー」
奏はため息をつきながら一足先に教室へ戻っていく。
樹は己の実力を過信していたのか自信過剰になっていた。
しかしその半年後、樹はそのクラスの女子にゴミのように捨てられて落ち込む。その人気女子はどれくらい長い期間奢り続けてくれるかで他の女子と賭けをしていたのだ。
樹はアルバイトで稼いだお金をあろう事か全部その女子に貢いでしまっていた。
ようやく遊ばれていた事に気づくが、その時にはもう彼は女性不信に陥っていた。しかもその時から不登校になり、受験勉強に全神経を集中していた。
そんなある日の事、奏が樹の家の玄関までやってくる。
「何の用だよ?」
「様子を見に来たんだよ――だから言っただろ。あいつはやめとけって」
「うるせー、どうせ奏も馬鹿にしにきたんだろ? 女は自分で稼げないから、ああやって男の金にハイエナのように群がる奴らだって事がよーく分かったよ」
「はあ!? お前そんな事言えるほど女子とつき合った事あんのかよ!?」
「ねえよ! ていうかもうあんな連中とつき合うなんて真っ平御免だ! 二度と女子と恋愛なんかするかよ! くだらねえ!」
樹は帰れと言わんばかりに玄関の扉を勢いよく閉める。
その後、樹は受験勉強の甲斐もあって大学に合格し、大企業への就職を果たすのだった――。
「……」
「あの、立花さん」
「あー、わりい。ボーッとしてた。ちょっと昔の事を思い出してな」
「じゃあ、私こっちなので。お疲れ様です」
「おう、お疲れ。気をつけて帰れよ」
「はい」
2人はそのまま帰宅し、真は動画の編集に明け暮れるのだった。
奏の過去に触れておりゆっくりめのストーリーですが、
次回は婚活イベントやります。