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第75話「一難去って」

 奏はメールから明子からのものである事を知る。


 そして恐る恐る彼女はメールが書かれてある方へ目を向ける。


 メールにはこう書かれていた。


『八武崎さん、クビは免れたみたい。社長に感謝だね』


 ふぅ、何とか危機は免れたみたいだ。


「じゃあ、会社行ってくるわ」

「クビにならなかったんだね?」

「ああ、何とかな。でも会社ごと黒杉財閥を敵に回しちゃったな」

「後悔してる?」

「――いや、そんな事はないよ。あたしには最高の仲間がいるから」

「……そう、いってらっしゃい」


 奏はそのまま出社するべく家を出る。


 ――行っちゃった。


 真はそう思いながら靴下を履いたまま玄関の内側から鍵をかける。奏が家を出る時に真が起きていた場合は、真が鍵をかける事になっている。


 それからしばらくは沈黙が八武崎家を支配する。


 真が部屋に戻ると、京子からのメールが来ていた。


『これからそちらへ向かいます。嫌とは言わせません』


 ええっ! 一体どうしてっ!?


 真には1つ心当たりがあった。奏が黒杉財閥からの圧力に屈しなかった件である。彼はすぐに想像がついた。


「えっ、もう来たのっ!? はーい!」


 真は急いで2階から1階の玄関まで下りる。特に急ぐ理由はないが、下手に刺激してこれ以上の追撃を貰うのも面倒だった。彼は面倒事が嫌いである。


 彼が扉を開けると、目の前には無表情で冷静なそぶりを見せる京子の姿がある。その斜め後ろには執事の姿があった。


 家の前には黒光りする高級車が停まっており、それが周囲の景観を壊している。完全なる場違いなのか通行人も高級車を振り返っている。


「ごきげんよう。真さん」

「あの、今日は何の用ですか?」

「詳しい話は家の中でお願いします。それともレディをこんなつまらない玄関に居座らせて立ち話をするつもりですか?」

「つ、つまらないは酷いなー。ど、どうぞ」

「お邪魔します。あなたは車で待っていなさい」

「はい、お嬢様」


 真は京子をリビングのソファーへと案内する。


 リビングは殺風景極まりないがらーんとした光景であり、キッチンの食器の片付けが隅々にまで行き届いている。


「……せっかく客が来ているというのに、お茶も出さないんですね」

「喉が渇いてるんですか?」

「そういうわけではありません。奏さんがいた時はちゃんとお茶を出してくれましたよ。客が来た時の作法も知らないのですね」

「僕、言われないと分からないんです。学生の時はそれでよく気が利かない奴と言われて、毎年1学期が終わる頃には完全に孤立してたんですよねー。えへへ」

「だから集団に馴染めなかったわけですか――まあ良いです」


 京子はあからさまに呆れた様子を見せながらも、真の反応を見る事を楽しんでいる。彼女はソファーに座るとしばらく余韻に浸る。


 庶民の家に居座る機会はほとんどなかった。


 故に、彼女にはこの光景が新鮮なものとして映っている。既に何度も来ているが、どこか居心地の良さを感じている。


「あなたは外では働けない人なのですね」

「そ、そうですね――何度かバイトをした事もあったんですけど、そこでもうまくできなくて、クビになる前に自分からバックレましたよ」

「ふふっ、あなたらしいですね」


 あれっ……京子さんって、笑うと結構可愛い。


「まあそれはさておき、本題に移らせていただきます」

「は、はい」

「昨晩の事です。お兄様の元に、本来であればまずありえない知らせが届いたのです」

「知らせですか?」

「ええ」


 話は昨日の夜へと遡る――。


 そこにはカンカンに怒りの表情を尖らせている政悟と、そのすぐそばで頭を直角に下げながらネクタイをぷらーんと垂直にぶら下げている手下の男がいる。


「お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか?」

「もっ、申し訳ございませんっ! 和食処の社長には散々念を押して言ったのですがっ! そのっ! 八武崎奏を辞めさせるつもりはないの一点張りでしてっ!」

「もういい、お前はクビだっ! 一生底辺職を彷徨っていろっ!」

「そっ、そんなっ!」


 手下の男が政悟にひれ伏しながらもクビを告げられ、トボトボと政悟の家を去って行く。


 すると、手下の男と入れ替わるように京子が部屋に入ってくる。


「良いのかなー? そんな事して」

「ふんっ、手駒はいくらでもいる」

「あんまり庶民を侮ると、いつか火傷するよ。その辺にしたらどう?」

「余計なお世話だ。あの女、庶民の分際でこの俺に逆らうとは良い度胸だ。俺は黒杉財閥の跡取りだぞ。このまま何もしなければ示しがつかん。あの会社ごと潰してやる」

「――お兄様、お父様がこれ以上は暴れるなって」

「ちっ!」


 まっ、嘘なんだけど。


 これ以上お兄様を暴れさせれば真さんに対しても面目丸潰れだし、しばらくは大人しくしていてもらわないと。


「そんな事より、()()()はまだ見つかっていないのか?」

「まだ捜索中」

「赤羽1人だけで総理官邸の親父の部屋にそう易々と侵入できるはずがない。しかも保管してあったはずのマスターキーまでなくなっている。あれは厳重に保管されていたものだから、あれを赤羽1人だけで盗むのはまず不可能だ。つまり内部にいる誰かがマスターキーを盗み、赤羽に渡したに違いない」

「無理矢理こじ開けたとかじゃないの?」

「あの後官邸内を調べた結果、全ての扉をマスターキーで開けた痕跡が見つかった。だからマスターキーを使ったのは間違いなく赤羽だ。絶対に捕まえてやる」


 この事を知った真は驚き、口を開けたままポカーンとしている。自らが彼を招待したために問題が大きくなってしまった事を彼は後悔する。そんなつもりじゃなかったのにと自分に言い訳をしながら。


「まっ、そういう事ですから、当分は事を荒立てない方が身のためですよ」

「自分から何かをした覚えはないんですけど……」

「今、黒杉家は一家総出で赤羽に協力したスパイを探している最中なのです。あたしが一言、真さんがスパイだったと言えば、あなたの人生を終わらせるのは簡単です」

「そんなに僕が嫌いなんですか?」

「いえ、むしろ気に入りました。黒杉財閥に一矢報いた庶民は、あなた方が初めてですから」

「身に覚えがないんですけど」

「あの結婚式を中止に追いやった事で、黒杉財閥はしばらく低迷したのです。ですから責任は取ってくださいね」


 京子はそう言いながらニッコリ笑い、真を誘導しようとする。


 その姿は暴君令嬢の名に恥じない暴虐ぶりであった。

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