第74話「不透明な未来」
まだ見ぬ結果に心配しながらも、2人はそれぞれの席に座る。
奏は一度クビを言い渡された身、しかしさっきの直談判によってクビ自体が確定ではなくなった。確定でない内はまだここの社員であると思った奏は早速仕事を始める。
その様子を真凛たちが不思議そうに見つめている。
「奏さん、どうだったんですか?」
「明日まで保留になったよ。人事部の人が社長に相談するからってさ」
「もしかしたら会社に捨てられるかもしれないのに、どうして働けるんですか?」
「ここまで生活を支えてくれたのも事実だからな。それにまだクビじゃないぞ」
「最後まで可能性を信じるのって奏さんらしいですね」
「あたしは敗北の可能性には興味がない」
「昔はあれほど黒杉財閥と距離を置きたがってたのに、一体どうしたんですか?」
「――真のおかげかな」
奏はふと、今までの事を思い出す。
かつて真が権力に立ち向かい、大切な幼馴染を取り戻した事を。
「真さんが理由なんですか?」
「ああ、昔の真は引きこもりだったのは話したよな?」
「はい。私、この前も会ったんですけど、とっても可愛い子を連れていましたよ」
あぁ~、多分スミちゃんだな――デートの邪魔してないと良いけど。
「真は仲の良かった幼馴染を他の男に奪われそうになった事があってな。普段はあんなに行動的な奴じゃないって思ってたんだけどさ、自分にとって大事な人がピンチになると、自分を犠牲にしてでもその大事な人のために行動できる強さがあったんだっていう事を知ったんだよ」
「やっぱり、好きなんですよね。その幼馴染の事が……」
真凛が寂しそうな顔でシュンとなりながら真の事を語る。
たった一度で良い……真さんとデートしてみたいな。あっ、そうだ。奏さんにお願いすれば、何とかしてくれるかな。でも今は言うべきじゃないよね。奏さんの機嫌が良い時じゃないと。
「何? 真が好きなのか?」
「興味はありますけど、好きかどうかはつき合ってみないと分かりませんよ」
「じゃあ一度つき合ってみるか?」
「良いんですかぁ~? 何か催促しちゃったみたいですみませんね~」
「良いんだよ。あいつは普段から時間を持て余してるからな。マリブラは気になる人に同じ婚活イベントへの参加を申し込む事ができる機能もあるんだ。今度真と一緒に出てみたらどうだ?」
「分かりました。そうしてみますね」
この日も奏は仕事を終えるとすぐに帰宅する。奏以外はみんな明日クビになるかもしれない可能性にびくびくしていた。
夕食中、奏は真に会社での事情を話す。
「姉さんも大変だったんだね。立花さんはどうだったの?」
「樹は同僚たちが一緒に抗議してくれたみたいだけど、全然駄目だったらしい。だからあいつは今就活中だ。でも今のままじゃ、クビになる前の生活水準に戻るのは難しいだろうな」
「どうして?」
「30を過ぎてからの就職や転職はな、20代の時よりも桁違いに厳しいんだ。まっ、一生就職する気のないおぼっちゃまには分からないだろうけどな」
「えへへ、そうだね」
こいつ、皮肉で言ったってのに全然気づいてねえな。
まあ、そこが良くも悪くも真なんだけどな。でも……真にはスミちゃんがいるのに、真凛を紹介するような格好になっちゃったけど、大丈夫かな?
「でも姉さんがクビになったら、僕今まで以上に稼がないと駄目だよね?」
「そうだな。しばらくは真の世話になるかもしれないから、しっかり稼いでくれよな」
「うん、分かった」
真はこの言葉を本気にしたのか、婚活イベントの日やデートの日以外は情報収集を積極的に行う事を決意する。それによって彼は次第にアフィリエイターとしての才能を開花させる。
しかし、それはまだ、遠い遠いずっと先の話である。
「姉さんっ、これ見てよっ!」
「うわっ! これ全部スパチャか?」
スパチャとは、ネット上における投げ銭の事である。
真はこの日の夜、姉が仕事をクビになるかもしれないと生放送で呟くと、彼に同情した視聴者から次々とスパチャが送られてきたのだ。想定外の額に、2人は驚くばかりであった。
「これでクビになっても当分は生活できるね」
「あのなー、これでクビにならなかったらどうするつもりなんだ?」
「一応クビにならなかったとしても、返金できないって言っておいたから大丈夫だよ。でも視聴者の人たちがこんなにスパチャ投げてくれるなんて思わなかったなー。姉さん」
「何だよ?」
「人間って、捨てたもんじゃないね」
「……そうだな。ちょっと気に入らない事があっただけで人を貶めたりする奴もいれば、助けたいと思ってスパチャ投げてくれる人もいるんだな」
皮肉な事に、婚活法が原因で起こったエピソードの多くがブログや動画のネタとして継続的に供給され続けた事もあり、真の生放送の常連視聴者は1000人を超えていた。
黒杉財閥に関連する出来事は伏せるようにしていたが、それでも昨今の婚活法ネタが大いに受け入れられた。
翌日、奏のスマホに一通のメールが来る。奏は明子からメールを見て許可が下りてから出社するように言われていた。
許可が下りれば不当解雇回避だが、果たして。
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