第71話「幼稚な報復」
真、奏、菫の3人が夕食を終えると、真と菫は2階へ行く。
1階に1人残った奏は風呂を沸かすボタンを押した後に食器洗いを始める。
奏が3人分の食器を洗っていると、彼女のスマホに一通のメールが届く。彼女は食器洗いを終えるとメールをチェックする。
「!」
奏はエプロンをつけたまま急いで2階へと駆け上がる。
彼女は勢いよく真の部屋のドアを開ける。
「真っ、大変だっ!」
「うわっ! 姉さんどうしたのっ!? エプロンをつけたまま上がってくるなんて」
「そんな事はどうでも良いんだ――樹が会社をクビになった」
「「クビっ!」」
真も菫も驚きを隠せない様子。
彼らは奏と樹の事情を知ってはいたものの、まさかすぐに事態が動くとは思わなかった。真はすぐに政悟の仕業であると感づいた。
「――負けたのが余程悔しかったんだろうね」
「でもそんな事で相手をクビに追いやるなんて、ちょっと幼稚すぎない?」
「負けが許されない一族だからこそだ。このまま引き下がるわけにはいかなかったんだろうな。嫌な予感はしてたけど、まさかこうもあっさりクビにされるなんてっ……」
「……! 姉さんっ!」
「ううっ、あたしのせいだ。こんな事になるんだったら、樹に話さなきゃ良かった」
奏はボロボロと涙をこぼしながら自らの行動を悔いる。
彼女は赤と青を基調としたエプロンの膝部分が涙で濡れていた。
「奏さんは何も悪くないです。だから泣かないでください」
「スミちゃん……」
奏は甘えるように菫の豊満な胸に頭を預けると、気が済むまで泣き続けた。
真はその光景を羨ましそうに見つめている。
「マコ君、今エッチな事考えてたでしょ?」
菫がジト目で真を優しく咎めるように見つめ返す。
「そっ、そんな事ないよっ!」
「嘘ばっかり」
「あー、そうだ。僕、そろそろブログを書かないと」
「あっ、誤魔化した」
真は彼女らに背を向け、ヘッドフォンを両耳に装着すると、好きなBGMを聞きながら思った事をブログに書いていく。
瞬く間に空白が文字で埋め尽くされていく。
よくこんなに書けるものだと言わんばかりに、菫は感心しながら真の様子を見守っている。後ろから感じる視線に、真はどこか恥ずかしそうにしている。
「あの……見られてると集中できないんだけど」
「マコ君は恥ずかしがり屋だもんね。今度の日曜日、空いてる?」
「うん、基本的にいつも空いてるよ」
「じゃあ一緒にお出かけしよっか?」
「そうだね。たまにはテーマパークとか行きたいな」
「それ良いねー。じゃあ千葉にある『ドリームランド』に行こうよ。私年間パス持ってるから」
菫は彼を誘おうとウキウキしながら行きつけのテーマパークを紹介する。
「もうカップリングしたらどうだ?」
「「いやいやいやいや」」
片手を横に振りながら2人は同時に拒否の意を示す。
「息はぴったりなのにな」
「「……」」
「じゃあさ、次のデートでカップリングすべきかどうかをはっきりさせたらどうだ?」
「姉さんは何をそんなに急いでるの?」
「別に急いでるわけじゃないよ。ただ――その『友達以上恋人未満の関係』ってさ、いつかは踏ん切りをつけないといけないんじゃないかって思う自分がいるんだ」
「何で?」
「他にスミちゃんと同じくらい可愛い子が出てきたらどうすんだ?」
「どっ、どうすんだって言われても……そんなの分からないよ」
「じゃあ、その時が来るまでに考えとけよ」
2人の微笑ましい光景にすっかり悲しみの癒えた奏は真の部屋を出る。
「姉さん――やっぱり何かあったんじゃないかな?」
「奏さんがあそこまで言うって事は、奏さんが好きな人と同じくらいカッコ良い人か、あるいは対抗馬になる人が出てきたって事なのかな?」
「まさかー、姉さんだよ」
「マコ君、今のは失礼だと思うよ」
「えへへ、そうだね」
翌日、菫は昼を過ぎた頃に帰宅する事を決めていた。
午後8時、奏は出社するべく家を出る。しかし、会社は異様な空気に包まれていた。奏が食品開発部のオフィスまで行くと、掲示板を見ていた姫香が彼女に気づく。
「奏さんっ!」
姫香が悲しそうな顔をしながら奏に抱きつく。
「どっ、どうしたんだよっ!」
「何で奏さんがクビなんですか?」
「クビ? ちょっと見せてくれ……!」
奏が掲示板を見ると、奏を今日限りで解雇させる通達が張り出されていた。
この信じられない光景に誰もが驚いていた。奏は社内にいる同僚が口を揃えて優秀と認めるほどであったため、それがあまりにも意外すぎたのだ。
「……どうして?」
「奏さん?」
奏は急いで部長である明子の元へ行く。
「納得できません。奏さんがクビなんて信じられませんよ」
「真凛……」
「奏さん、こんなの絶対おかしいですよ。部長も何とか言ってくださいよ」
「……」
「部長、これは一体どういう事ですか?」
「八武崎さん、大変申し訳ないけど、あなたに会社を辞めてもらう事になったの」
「理由は何ですか?」
「……」
奏が理由を聞こうとすると、明子は途端に沈黙に陥る。何かあるなと思った奏は探りを入れようとある事を尋ねる。
「もしや、誰かに圧力をかけられているのでは?」
「……」
「例えば、黒杉財閥とか」
「!」
耳元で囁くようにピンポイントで誰の仕業であるかを当ててきた奏に、明子はつい動揺してしまう。
「やはりそうでしたか」
「ちょっと良いかな?」
「はい」
明子は奏をオフィスの端っこにある誰もいないスペースへ連れていく。
すると、突如明子が深刻な表情になり、覚悟を決めるのだった。
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