第70話「悪意からの解放」
奏はホッとするものの、すぐ我に返るとある危機感を覚える。
それはこの国を支配者を侮った事に対する危機感であった。しかし樹はなかなか気づかない。彼は野球の腕前をアピールできた事もあり、他の参加者女性から声をかけられていた。
しかし、たった1人の女性が樹の勝利に疑問を呈す。
「ちょっと待ってよ。あんたのせいで黒杉様が帰っちゃったじゃん!」
怒りながらそう言うのは荒川栄子、23歳。身長159センチ、超がつくほどの黒杉ファンであり、さっきまでの2人の対決を見守っていたガヤの1人である。
ツインテールにサバサバした性格で思った事をそのまま言う性格を持ち、樹は少々苦手意識を持っている様子。
「あいつはここにいる彼女と無理やりカップリングしてたんだ。だから野球で勝負をして、俺が勝ったらカップリングを解除してもらう約束だったんだよ」
「黒杉様がそんな事をするはずない。今だって父親である総理と一緒に頑張って日本を復興しようとしてるんだよ」
「本当に何も知らないで生きてきたんだな」
「何その言い方? 酷くない? そんなんじゃ一生結婚できないよ」
「できなくて結構だ――あの財閥一家が何をして生きてきたのか教えてやろうか?」
「悪いけど、あたしあんたの言う事なんか信用できない」
「信用しようとしなかろうと真実は変わらねえ。テレビでしかあいつらの事を見てこなかった奴には何言っても分からねえだろうがな」
黒杉財閥はテレビで大規模なプロパガンダを行い、自分たちがいかに良い事ばかりをしてきた正義の集団であるかを国民に伝えてきた。しかし、それはあくまで表向きの姿である。
当然ではあるが、都合の悪い部分は全て規制されており、彼らの事実を知る者はごく一部に限られているのだ。
慎吾によって黒杉財閥の闇を知っている奏や樹にとって、栄子たちをはじめとした他の国民たちは、見事に情報をコントロールされている情弱に見えてしまっていた。
「樹、それ以上は駄目だ」
「そうだな。まっ、そういうわけだからよ、誰かを好きになるんだったら、相手が今までしてきた事を全部受けとめる覚悟をするんだな。奏、行くぞ」
「あ……ああ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。まだ話は終わってない」
「もう終わりみたいだから、話すのはまた今度だ。じゃあな」
奏と樹は栄子から逃げるように離れていく。
あの2人、やけに仲が良いけど――もしかしてカップリングしてるのかな?
「それでは最後にカップリングを発表します。本日は男性20人と女性20人による野球好き限定編が行われた結果、5組のカップルが誕生しました」
結局、奏も樹も誰かとカップリングする事はなかった。
2人共政悟との決着に全神経を集中していたのか、他の参加者の相手をする余裕が全くなかったのである。
婚活イベントが終わると、2人共バッティングセンターを後にし夕食を共にする。
「樹……」
「ん? どうした?」
「……さっきはありがとう」
奏が今日1番の笑顔で樹の功労を労う。
樹は不意の感謝に照れ隠しをしている様子。本当は嬉しくてたまらない気持ちを彼はひた隠しにする。男のプライドがどうしても心から喜ぶ事を邪魔してしまう。
「良いんだよ。俺はあいつが気に入らなかっただけだ。どうしてもあいつに一矢報いたかったんだよ。あっ、でもこれで奏の婚期が遠のいちまったな」
「せっかくカッコ良かったのに」
奏は若干イラっとしながら無表情のまま、和風ソースのハンバーグを口にする。
「なあ樹……」
「今度は何だよ?」
「たまには一緒にさ、こうして飲みにいかないか?」
「えーっ、マジかよっ!? 奏とはあくまで幼馴染の腐れ縁だろ……!」
樹が心にもない事を言って突っぱねようとすると、そこには涙目になっている奏の姿があった。
「そ、そうか。悪かったな――」
「おいおい、泣く事ねえだろ……ったく、分かったよ。たまーにだぞ。普段は忙しいから休日になるだろうけどさ、でもまあ、婚活休暇の時だったら毎週でも良いぞ」
「ホントかっ!? ホントなんだなっ!?」
奏がいつにもまして真剣である。
彼女の樹に対する気持ちはもはや感謝の気持ちさえも通り越していた。しかし彼女自身にその自覚はなかった。ただ、このまま樹と会わなくなったら――彼がどこか遠くへと旅立ってしまうかもしれないと思う自分がいた。
樹が他の参加者女性に声をかけられている時も、本当はちょっかいをかけたくて仕方なかった。
年齢不相応でも良い。ずっと彼と一緒にいたい。
その気持ちが彼女の涙となって表れたのだった。
3日後――。
真と奏はいつも通り夕食中だった。しかもこの日は菫が家に泊まりに来ていた。
普段は目立たない格好にしてはいたものの、真の事を意識してか、八武崎家の中ではとびっきり可愛いコーデをキメていた。
「じゃあ政悟さんとのカップリングは解除できたんだね」
「ああ、自慢じゃないけど、マリブラのカップリングリストにも、カップリングしている人は現在存在しませんって書いてあるだろ」
奏が自分のスマホを見せながら、ようやく彼から自由になれた事を自慢する。
本来であれば自慢できる事ではない。しかしそれ以上に奏にとっては、何者にも束縛されない事の方が遥かに自慢できる事なのだ。
彼女は自分が結婚に向いていない性格であると確信するのだった。
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荒川栄子(CV:赤崎千夏)




