第69話「練習の成果」
参加者たちが見守る中、政悟はピッチングマシンから投げてくるボールに集中する。
ピッチングマシンが勢いよく時速120キロのボールを投げる。
政悟はいとも簡単にそのボールを一本足打法で打ち返す。
ボールは的に当たり、政悟に1点が追加される。
「「「「「きゃ~!」」」」」
政悟がボールを打ち返す度に黄色い声援が響き渡る。有名なプロ野球選手が打っているかの如く、彼はフルスイングで次々とボールを打ち返していく。
しかし的から少し外れた場所にばかり当たってしまう。
くっ、また外れかっ!
「やっぱ打ち返す事はできても、的に当てるには相当なバットコントロールが必要だな」
「今の時点で黒杉さんは3球当ててる。これで8球目だからあと2球だな」
「――思ったよりやるなー」
「樹、あんな事言っといて1球も的に当てられなかったらどうすんだ?」
「だっ、大丈夫だって。任せろ」
ピッチングマシンから放たれたボールが勢いよくホームベースの真上を通過しようと迫ってくる。しかし政悟は冷静だった。
ふんっ、最初こそてこずったが、段々目が慣れてきた。
彼は最後の2球を全て的に当て、10球中5球的に当てた。
「まあ、久しぶりだとこんなもんか――じゃあ次はお前の番だな。この俺ですら5球当てるのが精一杯なくらいだ。お前はなおさら無理だろうな。まっ、精々最後の悪あがきをする事だな」
「うるせぇ、俺が勝ったらちゃんと約束守れよな」
「ああ、勝てたらな」
政悟は余裕の顔でバッティングルームの外へ出ると、そこにあるベンチに座っていた奏を見つけると、彼女の隣に座り足を組む。樹はバッターボックスの右打席に立つと、そのまま振り子打法の構えに入る。
「あいつが5球も当てられなかったら、あいつとは二度と会わない事だ。今の内に最後の挨拶の言葉を考えておくんだな」
「あなたこそ、カップリングを解除する準備をしたらどうですか?」
「ふっ、随分とあいつを買いかぶってるんだな」
「あなたは樹が高校球児たちから何と呼ばれていたか知ってますか?」
「知らん。庶民の事など、いちいち覚えていられないんでね――」
樹が打ったボールは見事的に命中する。
「ふんっ、まあ偶然だろう。せめてもの足掻きくらいは見せてもらわないとなぁ」
「!」
「狙撃打者。樹のあまりのバットコントロールの良さについたあだ名です。あいつはストレートであればヒットやファールに関係なく、狙った方向へ飛ばせるんです」
「何っ!」
正直俺の腕前じゃ、変化球が苦手だからプロには到底及ばねえ。だからプロの道は諦めざるを得なかったけどよ、ストレートしか投げてこねえなら話は別だっ!
「なっ、そんな馬鹿なっ。8球で5球当てただとっ!」
「もうこの時点で同点ですから、樹の負けはなくなりましたよ」
「くっ!」
「!」
9球目が的に命中し、樹がラスト1球を打つ構えに入る。
「じゃあ勝利の記念に、最後はホームランを決めるぜ」
思いっきり引っ張ってしまい、左方向にあるネットに打ち返したボールがぶつかる。
「ちっ、最後はファールか」
「力みすぎだ。さっきみたいに力を抜いて打てば良いのに」
「わりいわりい。調子に乗っちまった」
樹が笑顔で奏と話し終えると、急に真剣な表情に変わり、ベンチに座っている政悟に詰め寄る。政悟は青ざめた顔のまま樹を見上げる。
「約束だ。奏とのカップリングを解消してもらうぜ」
「ぐっ――貴様っ、どんな卑怯な手を使った?」
「んなもん実力だよ。お前は完全に慢心していた。それがお前の敗因だ。まさか総理大臣の息子ともあろうお方がみんなの前で約束をむげにする……なんて事はしないよな?」
「ちっ、覚えていろ」
「待ってください。約束通り、私とのカップリングを解除してください」
「――ふんっ」
政悟がスマホを取り出すと、マリブラのホームページからログインをしてカップリング解除のボタンを押し、奏はようやく政悟から解放されたのだった。
「嘘でしょ。あの政悟様が負けるなんて」
おのれ……覚えていろ。この礼はたっぷりしてやる。
彼はバッティングセンターを出ようとする。
「黒杉さん、途中退席をすると欠席扱いになりますが――」
「構わん。悪いが俺はもう帰る。やるべき事があるんでね」
「は、はい」
政悟は敗北にイラつきながらも、最後はニヤリとほくそ笑みながらツカツカと高級な靴を鳴らし、まだ婚活イベントの途中であるにもかかわらずバッティングセンターを去っていく。
「えぇ~、黒杉様帰っちゃうの~。つまんないの~」
樹は奏の待つベンチへと戻り、奏の隣にのっそりと座る。
「はっ、大した事なかったな」
「五十歩百歩だろ。僅か1球差だったし、勝てたから良かったけど、もしあいつに負けてたらどうしてたんだよ?」
「その時はその時だ。まあ、多分裏から助けようとしてただろうよ」
「調子の良い奴だ。ていうか、あんた裏で練習してただろ?」
「何で分かるんだよっ!?」
「ずっと野球から離れてたのにあんなに上手くできるなんて不自然だと思ったよ。さっきあんたと会った時、樹は手の傷を気にしてた。みんなに野球の上手さをアピールするために、以前からずっとバッティングセンターに通ってたんだろ?」
「ああ、そうだよ。ちょっと運動不足だったし、カップリングの確立を少しでも上げるために練習してたけど、まさかこんな形で練習の成果を発揮するとは思わなかったよ」
本当は……ずっと奏に腕自慢をしたくて練習してたんだけどな。
樹はそんな事を考えながら見栄を張り、勝利の味に酔いしれるのだった。
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