第67話「とある接点」
真も奏も食事を済ませ、それぞれの部屋へと戻る。
奏は婚活イベントのため外に出る。そこには樹が今や遅しと待っている。
外は雨こそ降っていないものの、雲行きが怪しかったため2人共傘を持っている。この曇り空と同様に2人は浮かない顔をしている。
「おせえぞ」
「真が起きるの遅かったんだよ」
「言い訳乙」
「先に行ってても良かったんだぞ」
「またあの御曹司に襲われないか心配なんだよ」
「まずは自分の心配をしたらどうだ?」
樹はかつて奏が清吾に連れていかれそうになった時、忠典との2人がかりでも歯が立たなかった事を心底悔やんでいた。
男に負けは許されない。その価値観が彼自身を苦しめる。
「この前――奏を助けられなかったのが申し訳ねえんだよ。目の前にいながら、俺は幼馴染の1人もロクに守れなかったからさ。無力な自分に腹が立つからこうして一緒にいる事でけじめをつけてるんだよ。じゃなきゃ俺のプライドが許さねえ」
「まだあの時の事を引きずってんのか? そんな事ないよ。樹は全力で私を守ろうとしてくれただろ。いつもは勝てない戦はしない主義なのに、樹も男気を見せる時があるんだなって思ったよ」
「今度あいつと会った時はぜってぇぶっ倒してやるっ――」
樹は以前のリベンジに燃えていたのか、拳を強く握りしめる。
次は負けない。そんな思いが奏に伝わり、彼女はクスッと笑い樹をいなす。しかし彼女には1つ疑問があった。なぜ自分を守ろうとしてくれるのか、それだけが気になっていた。
「なあ樹」
「何だよ?」
「何でそこまであたしに構うわけ?」
「奏と一緒にいれば、またあいつに襲われるかもしれないからに決まってんだろ。他の人が相手でも同じ事だよ」
「だろうな。でも何であの時は助けようとしてくれたんだ?」
「目の前で困ってる奴がどうしても放っておけねえ。俺は昔っからそういうめんどくさい性格なんだよ。悪かったな」
「別に責めてるわけじゃないけどな」
「――それによ、困ってる奴を助けるのに理由が必要か?」
「!」
奏は樹の配慮に感心する。自分を守ってくれるのは政悟へのリベンジのためかと思いきや、樹本来の優しい側面に不覚にも胸がキュンとなってしまう。
年相応でもないこのトキメキ、こんな事を考えるのも恥ずかしいと奏はその感情を押し殺す。
「ふふっ、カッコつけやがって」
「別に良いだろ。幼馴染としてのよしみだ」
2人はそんなやり取りをしながらお互いへの気持ちをひた隠しにする。
「――なあ、最近黒杉財閥の連中、大人しすぎないか?」
「言われてみればそうだな」
「あの総理官邸の爆破事件以来、特に何もしてない。不自然だ」
「別に良いじゃねえか。何もしないって事は平和って事なんだからよ。それよりもさ、マリブラにあったこの『野球好き限定編』だけど、奏って野球好きだったっけ?」
「一応ソフトボール部の部長やってたからな」
「そういえばそうだったな」
奏は曇り空を見上げながら学生時代にソフトボール部にいた事を思い出し懐かしむ。
彼女の顔からはホッとしたような笑みがこぼれていた。
「あたしがソフトボールを始めたの、樹が楽しそうに野球やってたからなんだよな」
「そうなのか?」
「ああ、小学校の時は色んなクラブチームの助っ人に駆り出されてたけど、中学と高校はずっとソフトボール部だった」
「てっきり強制入部で仕方なく入部したもんだと思ってたよ」
「どうせ強制入部させられるなら、樹が1番楽しそうにやってた野球部に入りたかったけど、あたしは女だからソフトボール部にしたんだよ」
「楽しかったか?」
「そうだな。あの時は家の事情を忘れられた。あの頃は真が進学する度に学校へ行く行かないで揉めてたからな」
「あいつらしいな」
「でも最近はスミちゃんと凄く仲が良いみたいだ。傍から見れば、もう立派なカップルにしか見えないくらいだ。あのままあの2人が結婚できると良いんだけどな」
「弟に先越されてるってのに、呑気なもんだな」
樹がそう言いながら両腕を首の後ろで組みながら空を見上げる。
それはまるで、奏がずっと結婚できない事を心配するように。
「余計なお世話だ」
「とは言ってもさ、結婚するならそろそろ相手を決めた方が良いんじゃねえか?」
「分かってるよ。今日こそ良い相手を見つけてやる。だから樹も良い相手見つけろよ」
「お、おう」
別に婚活したくてしてるわけじゃないんだけどな。
でもずっとこんな活動をさせられるのも癪に障るし、テキトーに良い相手を見つけて結婚するのもいいかもしれねえ……ハッ、いやいや、何考えてんだ俺は。あっぶねぇ……危うくあいつらの罠にハマっちまうところだったぜ。
樹はそんな事を考えながら婚活方への危機感を強める。
しかし、この頑なな警戒心が彼を結婚から遠ざけていた。
奏と樹は電車の中から次々と移り行く景色を眺めていると、あっという間に目的地へと辿り着く。
午後3時、彼らが着いたのは『バッティングセンター』だった。
そこには既に多くの男女が集まっており、いずれも野球のルールを知った無類の野球好きたちである。
「いっぱいいるな」
「ああ、ここでやるって事は、バッティングもやるのかな?」
「そりゃそうだろ。マリブラにもバッティングを通して男女の仲を深める事を目的とした婚活パーティって書いてあるしな」
「じゃあとっとと参加登録を済ませるか……ん?」
「どうした?」
「何であいつがここにいるんだ?」
「えっ? ……!?」
彼らは信じられない光景に目を疑う。
それは婚活イベント参加者たちも注目せざるを得ないものだった。
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