第63話「天望回廊」
彼は迷っていた。自分たちの事情を菫に話して良いものかと。
しかしどうしても聞きたがる菫を放置する事もできず、真は事情を話す事にするが内心は複雑である。秘密を持つ事は真には向かない。
彼はそんな己自身の馬鹿正直さを自覚する。
「――言っても良いけど、誰にも内緒だよ」
「うん、分かってる」
「ここは人が多いから『天望回廊』まで行こうよ」
「天望回廊にも人がいるよ」
「景色を見るのに夢中になってる人ばっかりだから大丈夫だよ」
「それはそうだけど――」
その時、怪しい男2人が真たちに近づいてくる。
「よお、俺たちと話そうぜ」
「!」
菫が咄嗟に真の後ろに隠れる。
「あの、何か用ですか?」
「俺はそこのお嬢ちゃんに話しかけてんだけど」
「あなたたちはこの婚活イベントの参加者ですよね?」
真がすぐにその男たちがこのスカイツリー婚活イベントの参加者たちである事を見抜く。それもそのはず、彼らはヒモつきの参加者専用カードを首から下げていたのだ。
「あー、これね。そうだよ。でもそのお嬢ちゃんがいっちゃん可愛いからさー、その子とも話させてほしいって言ってんの」
「参加者でない人に話しかけるのはルール違反だと思いますけど」
「そんなルールねーよ。別に誰と話そうと俺たちの自由だろ」
「彼女は男性恐怖症なんです」
「でもあんたとは普通に話してたよな? じゃあ何か? 自分だけその子と話す権利独占したいって事かあぁ~?」
「いや、そもそもこいつ男として見られてないんじゃね?」
「「あはははは」」
「……」
うぅ~、それは反論の余地がない。弱ったなぁ~。
マコ君、そこは黙るところじゃないと思うよ。
「あの……私たち……つき合ってるんです」
「「「!」」」
菫が状況から逃れようと咄嗟に嘘を吐く。
しかし真までもが驚いてしまったためすぐにばれてしまう。
「おいおい、その男まで驚いちゃってるじゃん。ぜってぇ嘘だ」
「ああ、その男にはもったいないよ。俺たちの方がずっと良いぜ」
「じゃあ……証拠を見せます」
「証拠ぉ?」
「どんな証拠です」
「つ、つき合ってる証拠です」
「えっ、それってどういう――」
真が台詞を言い終わる前に真と菫の『唇』が重なる。
「!」
菫は両足を伸ばして目を瞑りながら踏ん張った表情をしているが、真は目を開けながら驚いている。その光景に2人は開いた口が塞がらない。
すると、この状況に耐え切れなくなった真が菫の両肩を持って唇同士を離す。
「す、スミちゃん」
「……」
「何だよ、彼氏持ちかよ。行こうぜ」
「ああ、やってらんねぇ」
怪しい男2人は呆れた表情のままツカツカと歩いていく。しかしこの会話が周囲にも聞こえていたのか、彼らは他の参加者女性からは敬遠の対象になっていた。
「……マコ君、ごめん。迷惑だよね……」
「いや、で、でもっ、どうにかなったから、だっ、大丈夫だよ。ありがとう」
「実はこれ、ファーストキスなの」
「……そうなんだ。実は僕もなんだ」
「私、マコ君が最初で良かった……」
なっ、何言ってんの私、こんな、こんなはずじゃなかったのに。
2人は顔を真っ赤にしたままその場に立ち尽くす。
「えっと、天望回廊まで行こっか」
「うん」
昇りのエレベーターに乗るとさらに高い所まで行く。
真は自ら誘っておきながら高所恐怖症である事を思い出し、今度は顔が真っ青になっている。それを見ている菫はいつも表情が忙しい人だと思いながら片手を口に当ててクスッと笑う。
「何がおかしいの?」
「だってさっきから表情のバリエーションが豊富なんだもん。それだけ自分に正直に生きてるっていうのは分かるけど、さっきは話を合わせてほしかったなー」
「ご、ごめん」
降りた場所から既に外の景色が見える。
より近くに感じる太陽が東京の街を照らし、今日も人々や動植物に光を届けている。天望回廊からは雪化粧をした富士山が見え、真たちがそれに驚く。
「あれが富士山なんだ」
「……奇麗だね」
「うん……」
「……」
もう、そこは私の方が奇麗だねって言うところなのにぃ~。
菫はそんな事を考えながら富士山を見て圧巻されている真の方を見ながらほっぺを膨らませる。しかし当然真が気づくはずもなく。
「マコ君、さっきの話覚えてるよね?」
「う、うん、覚えてるけど」
「ここは人が少なめだから。ねっ」
「はぁ~、分かったよ」
真は菫に慎吾の事情を除く総理官邸にいた時の事を説明する。
これで菫までもが秘密の共有者となる。最初は余裕を持って聞いていた菫の表情が徐々に曇っていく。聞くんじゃなかったと言わんばかりの表情からは恐怖心さえ分かるほどである。
「スミちゃん、顔色悪いけど、大丈夫?」
「だっ、だだだ、大丈夫だよ」
「全然大丈夫に見えないよ」
「……マコ君って色んな事に巻き込まれてるね」
「お互い様だよ。むしろ巻き込まれてない人の方が珍しいんじゃないかな」
「言えてる」
「「あはははは」」
真たちは土産物を買うと満足したようにスカイツリーから降りる。彼らにとってはある意味忘れがたい思い出となるのであった。
午後5時、真たちが駅の前まで辿り着く。
2人は嬉しそうに度々お互いの顔を確認しながら一緒に歩く。デートの前よりもずっと仲良しになった2人は、傍から見れば立派なカップルである。
夕焼けに染まる東京はオレンジ色の輝きを塗りたくられていた。
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