第62話「展望デッキ」
この人、何でここまで親身になってくれるんだろう。
涼音はそんな事を考えながら真を見つめるが、菫はある危機感を覚える。真が別の人と結ばれたらどうしようと考え始めたのだ。
「1人で歩ける?」
「はい……何とか」
「じゃあもう1人で帰れる?」
「そうですね」
「スミちゃん、涼音さんの調子が悪いんだから家まで付き添おうよ」
「あっ、いえいえ、そこまでしていただくのは悪いので。では――」
涼音はこれ以上お世話になるのは悪いと思い、慌てて真たちから離れていく。真は心配そうに彼女の後姿を見つめるが、菫はどこかホッとしているようだった。
「――大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。色んな事を同時に頑張れるくらいなんだから」
菫がそう笑顔で言うと、2人は一緒にスカイツリーまで行く。
その近くまで来ると、2人はスカイツリーを見上げ、その圧倒的な高さと迫力に口がぱっくり開く。
スカイツリーは東京の名物として相変らず賑わっており、その人気ぶりが一発で分かるほど人がたくさんいる。
「高いね」
「うん、とても人が作ったとは思えないね」
「今までは少し遠くから見つめてるだけだったけど、近くで見るとこんなに凄く見えるんだ。私もいつかはスカイツリーみたいにビッグになって、誰でも名前くらいは知ってる人になりたい」
「スミちゃんは夢があって良いね」
「マコ君には夢とかないの?」
「今は平穏な日常を死ぬまで過ごせればそれで良いと思ってるよ。目立つのは好きじゃないし、ずっと好きな事だけやっていられたらなって思うよ」
「夢がないなー」
菫は残念そうに真の心情を嘆く。
「そんな事ないよ。死ぬまで平穏な日常を過ごすっていうのが僕の夢だよ」
「という事は、ある意味夢叶ってるんだ」
「そうだね。でもこの夢は死ぬまで継続だから、まだ夢の途中とも言えるよ」
「ふふっ、何かそういうところマコ君らしい」
「僕らしい?」
「完成してるのかしてないのかよく分からないところ」
「僕はずっと未完成だよ。だって完成なんてしちゃったら――そこで成長が止まってしまうような気がするから」
「……」
本当は自分に目標なんてない事を必死に覆い隠そうとする真が、そんな自分でも何か目標を持って成長していきたいと願っている事が如実に表れる言葉であった。
2人はエレベーターで上の階に昇る――。
他にも数人の観光客が乗っており、彼らを乗せたエレベーターは段々と高い場所へ行く。東京都内にたくさんあるビルの屋上が見え、次第に見下ろすほどに低く見えてくる。
「うわー、ビルがちっちゃく見える」
菫がふと横を向くと、そこには足が震え顔が青ざめている真の姿があった。
「もしかして、高いの苦手?」
真が恐る恐る首を縦に振る。
それを見た菫がクスッと笑い、少しばかり意地悪そうな表情をして悪巧みをする。普段は頼りないけどいざという時は私を助けてくれる王子様。
そんな風に思えるからこそ、菫が真に呆れる事はなかった。
彼らの間には確かな信頼関係が生まれつつあった。
エレベーターが止まり『展望デッキ』へ着く。
そこにはもう人だかりができており、カフェ、レストラン、土産物販売店がある。2人は展望デッキの端っこで話す。
「姉さんに何か買って行こうかな」
「相変わらずお姉さん想いだね。もしかしてシスコン?」
「いやいやいやいや、そんなんじゃないからっ!」
「冗談だよ。私も両親に土産物買おっかな」
「やれやれ」
菫がいつものように真をからかう。しかしその冗談を見抜けずに真はおどおどする。
「それでは今から、『スカイツリー婚活イベント』を開催します。参加者の方はお手数ですがお集まりくださいませ」
スーツ姿の司会らしき人が何やら婚活イベントを始める。
この日はスカイツリーに集まってきた参加希望者の男女が婚活イベント行う日であった。菫はこの光景に少しばかり落ち込む。
「はぁ~、婚活の事を忘れたくてここに来たのにぃ~、ここでも婚活やってるなんて」
「まあまあ、婚活法があるんだからしょうがないよ」
「マコ君はこういう時だけ大人だね」
「別に参加者じゃないんだから、そこまで落ち込む必要はないと思うよ。スミちゃんはそんなに婚活するのが嫌なの?」
「だってどこに参加しても必ず声をかけられるんだもん」
「あはは……」
真はこの隠れた格差に愛想笑いをするのが限界であった。
「マコ君、1つ気になる事があるんだけど」
「気になる事?」
「総理官邸の件」
「!」
「やっぱり何か知ってるんだ。一体何があったの?」
「爆発」
「それはニュースで知ってる。それ以外に知ってる事、あるでしょ?」
「……」
「?」
「……」
真は言いたくないと言わんばかりに黙ったままそっぽを向き困り顔になるが、それが菫の疑問をさらに深める。
2人の間にどこか気まずい沈黙が漂っている。
スミちゃんを危険な事に巻き込みたくない。
彼はそう思っているからこそ言えなかった。しかしそんな真の心情を菫が知るはずもなく、余計に聞きたくなった菫が痺れを切らす。
「じゃあ教えてくれるまで……えいっ」
「!」
菫が突然両腕で真の片腕に抱き着く。
真の片腕は菫の豊満な胸と密着している。真にとってこれはある意味どんな拷問よりも恥ずかしくきついと思えるものだった。
「わっ! 分かったっ! 分かったからっ! ……離してくれないかな? 恥ずかしいから……」
「分かればよろしい」
菫が真から離れる。真の顔は赤く染まっていた。
触れられるよりもみんなに見られる方が恥ずかしいと思う真であった。
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