第59話「陰謀の影」
午後10時、東京にいつもの朝日が昇っている。
慎吾は家にいられなくなり守の家に居候する事になる。守の家は2階建ての木造アパートであり、面積の狭い畳の一部屋である。
部屋の中央には背の低い机があり、それを囲むように慎吾と守が座っており、彼らの近くにはそれぞれのカバンがある。
警察は参加者の中で唯一事情聴取ができなかった慎吾を疑い、彼の家には多くの警察や鑑識が訪れ『強制捜査』が行われていた。
株式会社レジスタンス新聞はどこからでもネットニュースを流す事ができるため大した痛手ではない。しかし拠点を差し押さえされてしまったために号外の新聞配布ができなくなった。
「お前が下手に爆破なんてしたせいで、レジスタンス新聞が動きずらくなった」
「申し訳ありません。でも……どうしても赤羽さんの手助けがしたくて」
「――まあいい。ガードマンが全員退場してくれた事で情報収集がかなり楽にできた。これは戦利品だ。官房長官の日記と黒杉内閣の会計帳簿だ。いずれも部屋に置いてくれていたおかげで容易く手に入った」
「そこに重要な情報が書かれてたんですか?」
「見てみろ――」
慎吾が守の前にこの2つを雑に放り投げる。
守が机の上に落とされたそれを拾い上げ、官房長官の日記のページをめくる。
『1月15日、国会にて総理が結婚活動基本法、通称婚活法を立案。国会は凍りつき、その法案の内容に誰もが呆気に取られた。国民の自由を奪う法律は戦時中までの徴兵制度以来である。他にも無職罪や消費税の底上げも同時に立案したが、これらは野党に反対された。総理は一体何を考えているのか。私はこの婚活法が立案されるまでの経緯を極秘に調べる事にした』
守が次のページを開く。
『2月4日、野党の中では最有力と言われていた国民のための党が党員の相次ぐ離脱により解散した。いや、総理によって解散させられたのだろう。黒杉財閥の有り余る財力と権力の前に逆らえる者はいなかった。私は総理が恐ろしい。官房長官になれたのは良いが、まさかこれほど黒杉さんの機嫌を取る必要に迫られる職務であるとは微塵も思わなかった』
守はこの内容に驚愕する。
「これ去年の日付になってますから、前の官房長官の日記じゃないですか?」
「そうだ。官房長官は去年、黒杉内閣率いる『与党』から賄賂の疑いで追放され、今は隠居させられているはずだ」
「つまりあれは賄賂じゃなく、黒杉内閣に背いたから追放されたって事ですか?」
「恐らく極秘に調べていたのがばれたんだろうな。俺たちは前の官房長官からバトンを託される格好になったというわけだ。それは官房長官執務室の机の1番上にある鍵付きの引き出しの中にあった。そこにあった他の書類の中にそれが紛れていた。今の官房長官がそれに気づけなかったんだろうな」
守が慎吾の話を聞きながら次のページを開く。
『5月26日、来年度からの婚活法施行が決定し全国各地で暴動が起こる。必要以上に国民の自由を奪う法律があって良いはずがない。私は必ずこの法律の背景にあるものを探し出し、婚活法の取り下げを考える事にした。総理は婚活市場に乗り出していた八王子グループに多額の資金援助をし、瞬く間に巨大企業へと成長させてしまった。これは来年度から施行される婚活法に向けての準備であると思われる』
また次のページを開くが、段々表情が険しくなっていく。
『7月14日、総理が来年度から自衛隊の予算を大幅に増やす事を提案する。しかし反対する者は誰1人現れなかった。また党を解散させられるのが恐ろしかったのだろう。私は統合幕僚長を食事に誘い、酒に酔わせてから本音を吐かせた。しかしそれで分かった事と言えば、総理とは非常に仲が良かった事のみであった。どうやらそう簡単には吐いてくれないものと確信した。だが私は諦めない』
彼は次のページを開くのが段々怖くなってくる。
『10月11日、総理と政悟さんを自宅に招き食事を共にする。私は2人が酔ったところでお手洗いに行き、あらかじめ部屋に仕掛けておいた盗聴器に全て託し、総理と政悟さんの2人きりにした。私は世にも恐ろしい事実を知ってしまった。婚活法によって得られた利益を全て兵器開発に回すと言い出した。酔っぱらった勢いで言っただけならまだ良いが、これが本当であれば国家を揺るがす事態である』
手がプルプルと震えながらも彼はページを開いた。
『11月18日、突然やってきた警察に自宅を強制捜査され、部屋から盗聴器が見つかる。盗聴器には私の指紋が残っていたために私は総理に問いただされ全てを自供する。総理からは辞職を命じられ、私は今、執務室の片づけをしながらこれを書いている。恐らくこれが最後の記録になるだろう。最後に出る時に荷物検査を受ける事になっていたため、これは持ち出せなかった』
官房長官の日記はここで途切れている。
慎吾は無表情のまま腕を組んでいるが、守は青ざめた表情であった。
「こっ、これっ、本当だったらやばいですよ!」
「そうだな。自衛隊の予算を大幅に増やしたのも、婚活法で多くの税収を稼ぐのも兵器開発のためと考えれば説明がつく。俺は既にこの情報をメールで部下たちに送った。もし仲間の誰かが逮捕されたら確認次第すぐ情報をばら撒くように言ってある」
「さすがは赤羽さんですね」
「これで奴らはそう簡単には手を出せないはずだ。俺たちは奴らの秘密を手に入れた。今回はお前の手柄だな」
慎吾はスマホをいじりながら笑みを浮かべる。
この事は長年にわたって日本を牛耳ってきた黒杉財閥に対し、初めて新聞社から対抗馬が生まれた歴史的瞬間であった。
守は黒杉内閣の会計帳簿にも目を通すのだった。
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