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第53話「総理官邸にて」

 真も奏もそれなりの一張羅を着ていた。


 しかし他の男女はそれ以上の値段がするであろう一張羅を着ている。上級国民の集うこの総理官邸にいる事で2人は場違い感を覚えていた。


 総理大臣である黒杉政次自らが主催したものであり、官邸の大ホールなどを一時的にパーティ会場として貸し出しするという内容である。


 総理官邸の外で受付を済ませ、時間が来るまではそのまま外で待機する事になる。


「逃げずにやってきたようだな」


 真たちを見つけた慎吾が声をかけてくる。


 彼はスマホカメラをいつでも起動できる状態にしており、黒い大きなカバンを肩に背負っている。彼の一張羅もまた黒のスーツであり、それに加え黒のウエストポーチを装備している。


「赤羽さん」

「お前が招待券をくれたおかげで、どうにか潜入できた」

「潜入って?」

「いや、こっちの話だ」

「それにしても、パーティって何をするんでしょうね?」

「午後12時から午後5時まで首相官邸を一般開放するそうだ。だが一部の部屋には入れないらしい。基本的には大ホールでダンスパーティだ」

「ダンスパーティ――あっ!」

「どうかしたか?」

「ダンスの練習するの忘れてました」

「何だそんな事か。ならダンスにつき合わなければ良いだけの事だ。総理大臣と一般市民の距離を縮めるのがこのパーティの目的だ。つまりは支持率を上げようという魂胆だろう」


 黒杉内閣の支持率は婚活法を施行してからというもの、若者を中心に支持率は下がる一方であった。


 しかし黒杉政次を差し置いて総理大臣を務めたがる者がいないため、ずっと黒杉内閣による長期政権が維持されてきたのである。


 慎吾はそんな黒杉内閣の本質を見抜いていた。


「もうすぐ12時ですね」

「ああ、俺はしばらく消えるが気にしないでくれ――やるべき事があるんでな」

「やるべき事?」

「まあ、庶民の知り合いが3人もいらっしゃいますね」

「京子さん」


 京子は赤を基調とした花柄のダンス衣装に身を包み、花柄は真っ赤なバラに染まっている。腰から下は全てスカート状になっており、下ろした金髪のダウンが彼女の色気をより一層引き立たせている。


 京子が真に近づこうとすると、そこに奏が立ちふさがる。京子は足を止めると奏の顔を見る。


「悪いが、真には近づかないでくれ」

「どうしてですか?」

「人を脅すような人間を弟に近づけさせたくはない」

「ふーん、早速お姉さんにばらしましたか。約束は守っていただけなかったようですね」

「こいつは()()()()()()()。あたしがスマホを通話状態にして真に持たせていたんだ。だから真の事は責めないでやってくれ」


 まっ、嘘なんだけどな。だが真が自分の口でばらしてないのは本当だ。


 奏は真実と嘘を織り交ぜながら京子の狙いを真から自分へと向けようとする。これが大人同士の会話なのだと真は自覚する。


「何か誤解されているようですが、別に真さんを貶める気は最初からありませんでしたよ。ああでも言わないと協力していただけないと思っただけです。ですが、真さんのあの言葉で目覚めました」

「あの言葉?」

「ええ……八王子家の結婚式の時、あなた言いましたよね? 力で人の心をねじ伏せる人には誰もついてこないと」

「――あー、そんな事もありましたねー。でも、あれは京子さんに向けて言ったわけじゃないんです!」

「弁解の必要はありません。あたしはあの言葉であなたを解放しようと決めたのです。あれであなたがどんな人かも分かりましたし」


 本当は自分も告発される事を恐れての解放だが、京子もまた真実に嘘を織り交ぜる事で脅した事実をうやむやにしようとする。


 彼女もまた、自らの地位を守ろうと必死なのだ。


「黒杉家の者の言う事など信用できんな」

「まあ、酷い。あたしたちが何をしたと言うんですか?」

「お前の父親は俺の両親の仇だ。絶対にお前たちを潰してやるから覚悟しておけ!」


 慎吾が京子を憎しみに満ちた顔で睨みつけ、両腕のこぶしをプルプルと震わせながら大胆にも宣戦布告をする。


「両親の仇?」

「勝手に飛び降りただけでしょう。それなのによくそんな事が言えますね。うちの家には全く関係のない事です」

「貴様あぁっ!」


 慎吾が京子の胸ぐらを掴みながら野獣の眼光で睨みつける。


「赤羽さん、駄目ですよっ!」


 真が咄嗟に胸ぐらを掴んでいる手を掴み離させようとする。しかし慎吾の方が力が強いのか、ひ弱な真では勝ち目がない。


 しかし京子は胸ぐらを持ち上げられながらも冷静さを保っている。


「水分と手荒なマネをするのですね。追い出されたいのですか?」

「そうですよ。今ここで問題を起こしたら外へ出されるんですから。それに京子さんにそんな事をすればただでは済まないんですよ」

「同じ庶民でも、序列をわきまえている者とそうでない者がいるんですね」


 京子はそう言いながら慎吾に近づき彼に触れ、落ち着かせようとする。


 慎吾は京子の胸ぐらを掴んでいる手を投げるように離すと、そのまま少し離れた場所へ移動し、真たちから離れていく。


「タイムリミットは5時までです。お忘れなきよう」

「ふんっ、余計なお世話だ――」


 京子が後ろ姿のまま去っていく慎吾に時間の通達をするが、彼は一瞬足を止めただけで振り返る事なく捨て台詞だけを残し、そのまま人混みの中へと消えていった。


「あの、良いんですか?」

「ええ、これくらいはいつもの事です。黒杉財閥を目の敵にする者も少なくないのです。お父様が経営者時代に派手に暴れたようで、それで何人かからは恨まれているようなのです」

「赤羽さんとは知り合いなんですか?」

「何度か会った事があります。会う度に取材させろとうるさかったのですが、全く、最近は大人しくなったと思ったら……」


 京子は冷静な表情を崩す事なく掴まれてシワシワになったドレスの胸ぐらの部分をパンパン手で軽くはたきながら説明をする。


 その魔性の姿を間近で見た真は彼女に惚れ惚れするのだった。

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