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第52話「酒に飲まれた男」

 奏が鍵を閉めたのには理由がある。


 彼女は真には涙を見せたくなかった。涙を見せる事は弱みを見せる事と同義であると思ってはいるが彼女自身は涙脆い。


 しかし涙を見せれば真を不安にさせてしまう。


 彼女は泣きたくなるほど傷ついた時は部屋のドアの鍵を内側から閉め、気が済むまで隣の部屋に聞こえないように啜り泣きをするのだ。


 ドアの向こう側では、ふと何かが気になったのか、真が首を横に曲げながらドアに耳を当てている。


 姉さん――。


 午後7時、奏が夕食を作り、いつものように真を呼ぶ。


 キッチンの近くにある机には米、味噌汁、パルメザンチーズたっぷりのレタスとトマトのサラダ、いかなごのくぎ煮、サバの味噌煮、たくあんが2食分置かれている。


 2人は話しながら3日後の話をする。


「もう京子さんに脅されなくなったのに、何で婚活法の理由を探そうとするんだ?」

「彼女もその理由を知りたいっていう事は、きっと納得がいってないんだよ。もし納得できない理由だったら婚活法の廃止に協力してくれるかもしれない」

「婚活法を廃止させるつもりなのか?」

「だって週1で婚活イベントに行かされるのは理不尽すぎるからさ、やめさせる方法があるなら使った方が良いと思って」

「それは良いけど、黒杉家主催の婚活イベントに行ったところで、本当の理由は恐らく国家機密だろうから、そうやすやすと話すとは思えないけどな」

「まあ、何も掴めなかったら掴めなかったで、ただの婚活イベントとして考えれば良いわけだし、何か掴めたら儲けもんだよ」

「それはそうだけど――何も掴めそうにないならすぐに手を引けよ」

「そうする」


 2人はそのまま黙って夕食を食べ続ける。


 いつもとは違った雰囲気だった。


 婚活法を廃止させるにはどうすれば良いかを考えるが良い案が思い浮かばない。


 午後10時、東京都内にある『バー』では樹と忠典と輝彦が飲んでいる。彼らは時々バーに飲みに来るのだが、言う事は基本的に愚痴ばかり。


 店内の客は樹たち3人のみ、たくさんのグラスやワインボトルなどが壁沿いに並んでおり、そこには1人のマスターがスローなピアノのBGMと共にグラスを拭いている。


 そのカウンター席に樹たちは座っている。


 会社帰りの輝彦を誘い、自棄飲みをしなければ気が済まない樹は値段を気にせずにアルコールを飲み続ける。


「マスター、『マッカラン』頼む」

「かしこまりました」

「お前そんな高いの何杯飲むつもりだよ?」

「良いんだよ。あんな一方的にボコボコにされて腹が立ってんだよ。財閥のお坊っちゃんだからって調子に乗りやがってよ。ちょームカつくぜ――」

「まあ、否定はしないけど。確かにあれはないなー」

「2人の話を聞く限りだと、黒杉が一方的に悪いように思いますけど、訴えたりできないんですか?」

「無理だな。警察も司法もあいつらの思うがまま、今の日本はあいつらこそが法律なんだよ。ったく嫌な国に生まれちまったぜ」


 樹は顔を赤くしながら青山に訴えるように愚痴を吐く。


 そんな事をしても意味はないと分かりながらも己の怒りを抑えきれない。自らの無力さを憎み、傲慢な権力者を恨み、彼の心は怒りでいっぱいであった。


 この不平不満の塊のような状態をどうにか鎮めようとここへ来たは良いものの、アルコールが回っているのか、余計にその不満はたまっていく一方であったが、忠典は案外冷静さを保っており、今日の事を振り返りつつ『ベルモット』を飲みながら次は負けないと心に誓う。


 輝彦は樹の話を聞きながら目の前に置かれている『ビール』を飲む。


 中が見える透明なジョッキに注がれた黄色いビール、頂上には真っ白なビールの泡がシュワシュワと音を立てている。


「――婚活法さえなけりゃ、こんな事にはならなかったのにな」

「婚活ってそもそも仕事してないと相手にされませんし、参加費がかさむ上に無職は参加できないので、()()()()()()()参加すらできないんですよねー」

「……ん? 青山、さっきなんて言った?」

「婚活は仕事していないと相手にされないと言いましたけど……」

「違う、その後だっ!」

「えっと、働いていないと参加すらできないと言いましたけど」

「それだよ。多分そこが怪しい。真に知らせとこっと」

「何であいつに伝えるんだよ?」

「あいつは妙に鋭いところがあるからな。情報提供ってやつだよ」


 ピロリン


 あっ、立花さんからだ。こんな時間にどうしたんだろう?


『真、婚活イベントは無職が参加できないところが怪しいと思うぜぇ~』


 無職が参加できない……それはそうだけど……!


 真が何かに気づく。


 もしかして、婚活法って少子化対策のためじゃなくて、無職を減らすための法律じゃないのかな?


 婚活法と同時に無職罪まで施行されてるし、もう少し調べてみるか。


 真はそんな事を考えながら婚活法の事をパソコンで調べ続ける。


 3日後――。


 日曜日の午後11時、真も奏も少し遅めに起きて朝食を取らずに出発する。


 2人は黒杉家主催のパーティでは多くの料理が出る事を知っていた。


 招待券を貰っている者のみが参加費を払って入場でき、しかも食べ放題である。


 いわゆるバイキング形式であるが、奏は前回の過ちを繰り返さない意味で朝食を抜いたのだ。


 電車に乗り総理官邸まで行くと、そこには多くの人が集まっているのであった。

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