第47話「執着するプライド」
奏が誤魔化そうとする中、政悟は不信感を持ちながらも奏に紳士的な対応をする。
お互いにプロフィールカードを交換するが、彼はずっと彼女を下に見ており奏はそれに気づく。
この人を見下したような目と余裕の表情。身長180センチに慶応卒で黒杉財閥の次期当主筆頭候補とは言っても、お近づきにはなりたくないものだな。
奏はそんな事を考えながら彼のプロフィールカードを見る。
「会社に勤めていらっしゃるんですねー」
「はい。黒杉さんは経営者なんですね」
「ええ、仕事の大半は部下に任せておりますがね。私の父が、今総理大臣をしておりましてね。私もそのお手伝いをしているところなのですよ」
「そうでしたか。国を背負うのも大変でしょうね」
「ええ。ところで今夜は空いていますでしょうか? 夕食をご馳走しますよ」
「えっ! 今夜ですか? あのー、今夜は家で食べる予定なので――ごめんなさい」
なっ、何だとっ! この俺の誘いを断るだとっ!
馬鹿なっ! 他に予定があるわけでもないのに断るとはっ! 庶民のくせに生意気なっ!
政悟は苛立っていた。彼はプライドが人一倍高く、庶民に断られる事をやすやすとと受け入れる事ができない。
「黒杉さん、少しお話してもよろしいでしょうか?」
「悪いが、もう少しこの人と話したいんだ。申し訳ない」
「そ、そうですか。では……」
政悟に話しかけた女性参加者が去っていく。その背中からは哀愁が漂っている事を奏は感じ取る。
「あの……もっと色んな人と話さなくても良いんですか?」
「良いんです。俺はあなたともっと話してみたいと思いましたので」
「ん? 奏こんなところにいたのか?」
横から聞こえてくる声に奏は思わず横を向く。
「樹、何でここに?」
「30代限定編だからに決まってるだろ。こいつがどうしても行きたいって言うからよ」
「いやー、やっぱ年上の女は良いねー。この人が奏さんかな?」
声の主は樹であり、その隣には忠典がいる。
「はい。八武崎奏です」
「君たち、今は――」
「私、この人たちとも話してみたいので失礼します。そんじゃ」
「お、おいっ!」
奏は政悟の制止を振り切って樹と忠典の手を引っ張りながら逃走する。
会場の端っこまで逃げ切ると、1人となりフリーになった政悟を求めて大勢の女性たちが群がる。
この庶民共が! この俺に近づくなっ!
今俺が相手をするべきなのはあの生意気な女だけだっ! あの女を振り向かせなければ黒杉財閥代表としての名が廃る。こんな事は始めてだ。この俺が庶民にこけにされる事などあってはならんのだ。
政悟はこのまま断られる事を我慢できないでいた。
しかし奏のところまで行こうとしても、その前には多くの壁がある。
「ふぅ、助かった」
「一体どうしたんだよ?」
「あの黒杉政悟って人から何度も誘われたんだけど、いかにもって感じで庶民を見下してそうに見えたから断ったんだけどさ、それでもしつこいんだよ」
「どこが気に入らねえんだ?」
「夕食をご馳走しますよって言われたところで一緒に行く気なくしたな。あれは完全に女を下に見てるに決まってる。あたしだってそれなりに稼ぎあるんだからな」
「奢らなかったら奢らなかったで、今度は不親切な男と見なされちまうから、婚活に参加してる男ってのは大変だな」
「ああ、全くだ」
樹はこの婚活市場において苦い思い出がある。奢った時は女を下に見てると見なされ、その後別の女に奢らなかった時は不親切な男と見なされた事があるのだ。
最適解が相手によって変わる婚活はまさに生き物である。
その事知っていた樹は政悟に同情の念を寄せる。
「あー、そういえば自己紹介が遅れたな。俺は本多忠典。立花とおんなじ部署で建設会社の営業部なんだ。立花とは就活時代からの知り合いだ。最近は婚活法のせいで競争が激しくなっててさー、他の同業者と新居の売り合いだよ」
「樹の同僚なんですね」
「そんな堅苦しい話し方はなしにしてくれよー。俺たち同い年だろ」
「お、おう。樹にも友達がいたんだな」
「今までいねえと思ってたのかよ」
「樹はぶっきらぼうで迫力もあるからな」
「ところで、何であんたらは下の名前で呼び合ってんの?」
「樹はあたしの幼馴染なんだ。昔は授業がつまんないからと、何度か授業を抜け出して遊びに行くような悪友だったよ。今じゃ面影もねえけどな」
「ふーん、この前さ、あんたの弟に会ったよ。何だかひ弱そうだったけど、最後は無事に長月さんとかいう人とデートに行くって言ってたぜ」
「やっぱりデートか」
奏はしばらくの間、樹たちと話す。
その光景を見ていた政悟は奏と話すチャンスを窺っていた。
午後3時、奏たちは他の人と話す事なく30代限定編を終える。
「それでは1時間が経過しましたので、最後にカップリングを発表させていただきます」
しまった! 樹たちと話してたせいで他の男と話しそびれたぁー。こんなんだからいつまで経ってもカップリングできないんだよなー。このままじゃ駄目だぁ。
奏はようやく自らのミスに気づいてシュンと落ち込む。
奏はカップリングしたい相手を選ぶ事なく終了するのだった。
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