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第46話「冷酷な男」

 奏は受付で最終登録を済ませる。


 彼女はこの30代限定編では勝てると考えていた。


 以前は20代の女に男性陣が集中していたため、20代という強力なライバルがいないこの婚活イベントに出るという事は、30代もありであると確信していたのだ。


 その時だった。


「キャー、黒杉政悟さまー」

「こっち向いてー」

「凄い、本物だー」

「素敵な方ですねー」


 何やらただ事ではない騒ぎにスマホを見ていた奏が反応する。


「……ん?」


 彼女が人混みに近づくと、そこには絵に描いたような三高男性である政悟がいたのだ。黒髪で男としては少し長めのショートヘアー、端正なルックスにガタイの良さと長い脚が女性陣を引きつけている。


 しかし不思議な事に、奏は彼に何の魅力も感じなかった。


 元はと言えばあの男の親父のせいであたしは婚活をする破目になったってのに、随分と余裕の表情じゃないか。


 奏は彼に対して反感を抱いていた。


 30代限定編では立食パーティを行い、1時間の間は食べたり飲んだりしながら過ごすが、飲食は婚活イベントとは別料金である。


 奏は少しでも節約をするために昼食を食べていたのだ。


「それでは今から30代限定編を始めたいと思います。2時になりましたら、会場の中を移動しながら自由に話しかけてください。それまでは待機となります」


 午後2時、時計が時間を伝えると、司会の進行で30代限定編が始まり、会場の中が慌ただしくなる。みんな政悟に向かって駆け足になり、あっという間に政悟が囲まれる。


 やれやれ、子猫ちゃんと呼ぶには少し歳を取りすぎだが、今日は誰をお持ち返しするかな。


 政悟はそんな事を考えながら、まるで風俗のような感覚で女を選ぼうとしていた。


 奏は会場の端っこの方で大人しそうな男と話している。


「私今38なんですけどねー、今のご時世で強制婚活ですから、参加費を払うだけでもうかつかつなんですよねー」

「そうなんですか。あの、プロフィールカードを交換しませんか?」

「ええ、構いませんよ」


 奏はマリブラのアプリを使い、お互いのプロフィールカードの情報を相手に送る。


 開始早々奏に話しかけてきたこの男、町田謙三(まちだけんぞう)、38歳。身長169センチ、少し老けた顔をしており黒スーツからは煙草の匂いがプンプンと漂っている。


 常に無表情であるために考えている事が分かりにくい。


 奏はこの匂いに耐えられないのか、少し距離を置いた状態で話している。


 年収200万円の非正規社員かぁー、悪い人ではなさそうだけど……これじゃあたしに何かあった時に生活に困りそうだ。しかも煙草臭いし、この人はパスだな。


 彼女はそんな事を考えながら笑顔を維持し続けている。


 人がいつも他人の前で笑顔なのは、思っている事を悟られないようにするためである。無論、奏もその1人であった。


「へぇー、30歳ですか。全然見えませんねー」

「そうですか?」

「ええ、私なんてこの前40代と間違われましたからねー。さっきも受付で本当に30代かを確認させられましたよー」


 いやいや、そんなの自慢してる場合じゃないだろ。


「あの、普段はどこに勤めていらっしゃるんですか?」

「普段は『生活保護課』で職員をしております」

「生活保護課って大変ですか?」

「ええ、受給させてくれるまでごねたまま1日中居座る人とか、貰えなかったら死ぬとか言いながら泣きじゃくっていたりと、まあ、控えめに言って頭のおかしな人たちが度々来ますね。大体はまともな人なんですけど、そう言った人たちには『おはようワーク』を紹介したりしてますね」


 おはようワークとは正規から非正規までのあらゆる職業を紹介する会社であり、奏は真が度々そこの世話になっていた事を思い出す。


「おはようワークですか?」

「ええ、うちは極力断るように上から言われておりますので」

「うちの弟もおはようワークのお世話になった事があるんですよ」

「あー、そうでしたか」

「うちの弟は人間関係が苦手で、何度かうちの親に就労支援施設に連れて行ってもらった事があるんですけど、結局そこでも匙を投げられてしまったんです」

「それは大変ですねー」

「でも、昔からずっとやり続けていたアフィリエイトがようやく軌道に乗ってきたのか、まだまだ不安定ですけど、今では家にお金を入れてくれるようになったんです」

「それは健気な弟さんですね」

「!」


 横から急に別の人の声が聞こえてくる。


 奏は一瞬ビビったが、その声の正体が政悟である事に気づく。


 彼は他の女性陣を置いて奏のいる場所まで来ていたのだ。


 言わずとも分かるほどの圧倒的なスペックの差と威圧感に謙三はそそくさに離れてしまう。この男の前では部外者が無力化されるかの如く、奏と政悟のツーショットとなる。


「おっと、申し訳ない。俺は黒杉政悟と言います。まだ話していなかったのがあなただけでしたので、一声かけておこうと思いましてね」

「そうですか。あたしは八武崎奏です」

「では奏さん、一緒にお食事でもいかがでしょう」

「えっと、あたし食べてきちゃったんですよねー。えへへ」

「!」


 政悟は出鼻を挫かれ、少し不機嫌な表情になる。


 この意外な反応に彼は思わぬ苦戦を強いられる事になるのだった。

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町田謙三(CV:岸谷五郎)

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