第43話「至福のデート」
奏と真凛が会社へ戻り、エレベーターで商品開発部まで上がる。
彼女らはそそくさに商品開発部へ行き、明子に取引先の件を報告する。
「それで何とか東京フードの部長は説得してきましたので、もう大丈夫だと思います」
「そう、なら良かった。重要な取引先だから凄く焦ってたけど、八武崎さんに任せておいて良かった。多摩さん、次からは気楽に話して良いよなんて言われてもタメ口は使わない事、良いね?」
「はい、分かりました」
「じゃあ戻って良し。八武崎さんは提示を迎えたらもう帰って良いよ」
「はい、ありがとうございます」
奏と真凛が席に戻る。
左から真凛、奏、姫香の席順になっている。真凛はさっきまでの失態により、部長の意向で奏の隣に席を移動させられたのだ。
姫香は相変らず仕事に苦戦しており、奏は定時になるまでの間に作業を進める。
「すっかり晴れちゃいましたねー」
「そうだな」
「あっ、虹がかかってますよー」
「本当だ。珍しいな」
商品開発部がある部屋の窓からは虹が見えていた。
オフィスビルの内外を問わず、その虹に多くの人が惹かれている――。
「うわぁ、奇麗な虹だー」
「うん、珍しいね」
真は菫とデートの最中だった。真は昼食を食べていなかったため、真の遅い昼食につき合う形でショッピングモールのカフェに入っていた。
真はガッツリ食べていたものの、菫はアイスコーヒーを注文したのみだった。
そこから見える虹は、まるで2人を歓迎するかのようだった。
「私思うんだけど、さっきまでの台風は、結婚式をするなっていう神様からの警告なんじゃないかって思ったの。結局は神様じゃなくてマコ君が助けてくれたけど」
「でも僕が来なかったら、スミちゃんのお父さんが婚姻届けを破り捨てて、全てを告発して辞表を出すつもりだったんでしょ?」
「確か事情聴取で言ってたもんね。そうなっていたら……お父さんもお母さんもただでは済まなかったかもね」
「――スミちゃん、結局、僕のした事は正しかったのかな?」
「ふふっ、何言ってるの。正しかったに決まってるよ」
「スミちゃんの結婚は阻止したかったけど、スミちゃんを危ない目に遭わせてしまったし、立花さんたちがいなかったらどうなってたか」
「お父さんだけだったら、有力な証拠を突きつける事も出来なかったし、どの道暴れられたら私は今頃逃走用の車の中だったと思うし、だから……マコ君は間違ってない」
菫が意気揚々と真の背中を押す。
真が自分のした事を後悔する癖を知っていたが故の行動である。
「スミちゃん……」
真は菫空元気を貰ったように笑顔になり、菫も満面の笑みを浮かべる。
「あっ、姉さんからだ」
「さっきの返信?」
「そうみたいだね」
真は奏からのメールを見る。
『良かったな。こっちも上手くいったよ。デート頑張れよ』
真は奏に今の行動を言い当てられ赤面する。
「マコ君、どうしたの?」
「僕らがデート中なの、お見通しみたい」
「えっ!」
菫も赤面してしまい、お互いに気まずい空気になる。
「マコ君、一緒に洋服店に行ってくれないかな?」
「う、うん。良いけど」
2人は食事を終えると、ショッピングモールの洋服店まで行く。
真はショッピングモールが苦手である。彼にとってここは居座っているだけでスリップダメージを受けるように財布の中にあるお金が減っていく魔の巣窟でしかないのだ。
誘惑に弱いと言ってしまえばそれまでであるが。
菫はいくつか服を選んでから試着室に入ると、しばらくして出てくる。
「マコ君、どう?」
「かっ、可愛い」
菫は今の季節を意識したオシャレコーデとなっており、その姿に真はただならぬ魅力を感じていた。白い雲をイメージしたふわふわした服装である。
真にはこの姿がさっきまでのウェディングドレスよりもずっと可愛く感じた。
彼は菫には奇麗な服より可愛い服の方が似合うと確信するのだ。
「それだけ?」
「いや、これ以外思いつかないよ。でもスミちゃんらしい服だと思うよ」
「今日はデート用の服を着てこれなかったし、あんまり魅力のある服を着たら他の男に言い寄られるだろうから、こういう時じゃないと、マコ君が喜んでくれそうな服、着れないでしょ」
「スミちゃん」
真にとっては至福の時だった。
こんな時間がいつまでも続いてほしい。
彼はそんな事を願ってはいるが、時を教えるように白く輝いていた太陽が段々とオレンジ色に染まっていく。菫は何度か試着した後、真に最も気に入ったものを選んでもらい、そのコーデを丸ごと購入する。
「もうこんな時間か。今日は色々あったけど、楽しかったよ」
「僕も楽しかったよ。スミちゃんはこれからどうするの?」
「フリーコンポニストを続けながら両親の就職先を一緒に探す。婚活イベントには出るけど、マコ君を見習って、極力地味な格好で端っこの方にいる」
「地味って……地味に傷つくなぁー」
「そこがマコ君の魅力なんだからもっと自信持って」
菫がガッツポーズをしながら真を励ます。
「う、うん」
「じゃあ私こっちだから、じゃあね」
「うん、じゃあね」
午後6時過ぎ、真と菫はそれぞれの自宅へと戻っていく。
家では既に奏が夕食を作り始め、真に根掘り葉掘り話を聞くのだった。
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