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第42話「取り戻した希望」

 しばらくすると警察が数人現れ、真たちに事情聴取を始める。


 和成は現行犯として『逮捕』され、気づいた時には手錠をはめられている事に気づき暴れ出す。警察はタジタジになりながら彼を連行する。


「離せっ! 俺は無実だっ! 俺ははめられたんだぁー!」


 巨大企業の哀れな御曹司の末路だった。


 会場に残っていた人々には彼の声がまるで断末魔のように聞こえていた。


「彼は全て自供しているわけですね?」

「はい、ここに残っている人全員が証人です」

「話はよく分かりました。では、我々はこれで」


 警察が事情聴取を終え、一部の人は現場に残る。


 菫が着替えを済ませると、いつもの派手な格好とは異なり、比較的地味でカジュアルな格好で真の前に現れる。


「スミちゃん、いつもの格好と違うね」

「私、スタイルには自信があったから、親からも早く結婚しろって言われていた事もあって男ウケしそうな格好にしてたんだけど、こんな目に遭うならもうこりごりだと思ったから、これからは目立たない格好にしようと思ったの」

「その方が良いかもね。僕もやっと解放される」

「解放って、何から?」

「あー、いや、何でもないよ。スミちゃん、ちょっと遅くなっちゃったけど、今からデートに行こっか。今日約束してたよね?」

「――うん」


 午後4時、真たちが事情聴取を終えてそれぞれが帰宅していく。空はすっかり晴れていた。さっきまでの台風がまるで嘘のようである。


 樹たちは営業の仕事に戻ろうとするが、昼食を抜いていた事に気づき東京都内の定食屋が並ぶ街の中へ消えていく。


 真と菫は仕切り直しとして約束のデートを楽しむ。


 2人は品川にある色んな店を回り、まるで恋人のように笑顔で寄り添いながら並んで歩いている。こうして彼らは束の間の平穏を取り戻す。


 その頃、彼らのデート先の近くにあるオフィスビルの中では、奏と真凛が1人の男に頭を下げている。その男はかつて真凛が怒らせた取引先の人である。


 黒髪の黒スーツ姿で立っている彼は、仏頂面で3人しかいない会議室で立っている。


「――私はね、今まで多くの取引先を見てきたけど、ここまで無礼な人は初めてだよ。一体どういう教育をすればそんな社員になるんだね?」

「この度は、うちの部下が無礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした。私の指導不足でした。二度とこのような事がないように努めますので、どうか今回は、若気の至りと思ってお許しください」

「申し訳ありませんでした」


 取引先である東京フードの部長が落ち着きを見せつつも冷たい声でマウントを取る。


「これはせめてものお詫びの品です。お受け取りください」

「悪いけどね、その手には乗らないよ。うちと取引したいところはたくさんあるんでね。悪いけどもう帰ってくれるかな?」

「せめて中を見てから決めていただけませんか?」

「しょうがないなー」


 奏がふろしきのようなものを差し出すと、取引先の部長がそのふろしきを開ける。すると、1段の小さい花柄の黒い重箱が姿を現したのだ。


 その蓋を開けると、中には『黒豚の角煮』が入っていた。


「!」

「これはうちと御社が初めて取引した時に、うちが御社に提案させていただいた時に大ヒットさせた商品です。この商品を御社が買い取っていただいたおかげで、うちは中小企業ながら商売が軌道に乗るきっかけになったのです。どうぞお召し上がりください」

「……」


 取引先の部長は重箱についていた箸を手に取る。


「……美味いな……あの頃を思い出すよ」

「覚えていらっしゃったんですね」

「ああ、和食処から最初にこれを買い取った時は、売れるかどうか心配だったけど、思ったより多く売れて、それからは定期的に仕入れるようになったな」

「その頃のうちは、業績も不安定でした。あの時、御社に助けていただいたご恩は今でもずっと忘れておりません」

「――分かった。取引の件は考え直そう」

「「……! ありがとうございますっ」」


 奏と真凛が同時に頭を下げる。


 取引先の部長は上機嫌になっており、そのまま豚の角煮を全部食すのだった。


 奏と真凛が無事に交渉を終わらせオフィスビルから出る。


「真凛、今後は粗相のないようにな」

「はい。今日はありがとうございました」


 真凛が満面の笑みで感謝をする。この時、真凛もまた飼い犬のように奏に懐いていた。


「まさか黒豚の角煮で落とせるとは思いませんでしたね」

「あの人はうちと長いつき合いだからな。あたしが新人だった頃からの取引先だったから、それで覚えてたんだよ」

「あれで無理だったらどうしてたんです?」

「その時は、真凛を何度も思いっきりビンタして同情を誘ってた」

「えっ!」

「ふふっ、冗談だ」


 奏は真からのメールに気づく。


「あっ、真からメールだ」

「真さんってアフィリエイターですから、今日も家で仕事してるんですよね?」

「いや、今日は外で大事な仕事だ」


 奏はそのメール画面を睨めっこをするように見ている。


『姉さん、無事にスミちゃんを取り返したよ』


 彼女は真の勝利に微笑みを見せる。


「どうしたんですか?」

「ふふっ、何でもない」

「えー、教えてくれても良いじゃないですかー」

「世の中にはな、知らない方が良い事もあるんだよ」


 奏と真凛はそのまま会社へと戻る。


 真凛は喜んでいたが、奏は喜びよりも安堵の方が大きいと思うのだった。

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