第40話「罪の清算」
菫は真に守られながら会場を見守る。
和成は苛立った表情で威嚇するように2人を見る。
「君さー、もし菫ちゃんのスマホが見つからなかったら覚悟しとけよ。お前のせいで結婚式が台無しになったんだからな」
「僕が何もしなくても、あなたは必ずどこかで破滅していると思いますよ。あなたみたいに、力で人の心をねじ伏せるような人には誰もついてきませんよ」
「てめえ、黙って聞いてりゃ良い気になりやがって! お前らさては俺をハメるためにグルになってんだろ? 結婚する直前に破談にして、慰謝料でも請求する気なんだろ? そうとしか思えねえよ」
「往生際が悪いですよ。それに、あなたが好きなのはスミちゃんじゃない。誰よりも先に結婚した自分自身が好きなんです」
「何言ってんだ? 俺はな、こんな仕打ちをされるまでは菫ちゃんの事本気で好きだったんだぞっ!」
和成が菫の方を見ながら聞く。菫は真の背中に顔を隠す。
「だったら何故っ! ……自分を押し付けるようなマネをするんですかっ!?」
真が怒鳴るように和成に問う。
彼の剣幕に押され、和成は黙ってしまう。
「……」
「スミちゃんはあなたのそばにいた時、ずっと怯えていました。彼女は人の気持ちに物凄く敏感で繊細なんです。あなたは自分の欲望や気持ちが強すぎる。それは愛情ではなく、ただの傲慢です。だからあなたは愛されなかったんですよ」
「お父さん、こいつら何とかしてよ。こいつらグルになって俺をハメようとしてるんだ。何らかの制裁処置が必要だ」
「それはお前の罪の有無が分かってから決めても遅くはない」
少し時間が経つと樹たちが戻ってくる。
「真、すまん。スマホがどこにもなかった」
「探したけど見つからなかったよ」
「それ見ろ。どこにもなかったじゃねえか」
「マコ君……」
樹たちは手を合わせて謝り、菫が心配そうに誠を見つめている。
しかし真の表情が崩れる事はなかった。彼は菫の母親のスマホをいじりだす。
「立花さん、それと他の方々もありがとうございました。おかげで和成さんの部屋にはない事が分かりました。ご苦労様です」
「お、おう」
「どうやら決着がついたようだな」
「ええ……あなたの負けでね」
「は?」
真が菫の母親のスマホ画面にタッチすると、突然和成の服の中から電話コールが鳴る。
「!」
和成は慌ててスマホを取り出して電話コールを切る。
「あっ、それ私のスマホ」
菫が自分のスマホに反応すると、真がすぐにそれを和成から取り上げる。
「どうしてあなたがスミちゃんのスマホを持っているんですか?」
「……そ……それは」
「立花さんたちがあなたの部屋にスマホを探しに行った時、あなたは一瞬だけ安心した表情をしていました。部屋にはないと分かってたからですよね?」
「ぐっ……ぐぅぅ」
「はい、スミちゃん」
「ありがとう」
真は取り返した菫のスマホを元の持ち主に返す。
「何故だ? 電源は切ったはずなのにっ!」
「スミちゃんのスマホは緊急時に確実に使用できるように、電源が切れていて充電もされてない状態でも、電話コールがあった時だけ予備電源が作動する緊急機能が備わっているんです。この前スミちゃんと一緒に遊んだ時に、スミちゃんに教えてもらったんです。あなたは最後まで彼女の用心深い性格に気づけなかった。好きと言う割には、彼女の事をまるで分かってませんね」
「――黙れっ、黙れ黙れ黙れっ! あー、そうだよ。全部お前の言うとおりだよ!」
「「「「「!」」」」」
和成がようやく観念し大声で開き直る。
彼の表情は今までとは全く違っており、自暴自棄でハイテンションである様子。
「和成……お前なんて馬鹿な事をしたんだっ!」
「うるせぇ! 元はと言えばあんたがいつも結婚はまだかまだかってうるさく言うから仕方なくこうしたんだろうがっ! 他の親戚に先を越されてはいけないってあんたがしつこく言わなきゃこんな事してなかったんだよっ! どけっ!」
「うわっ……スミちゃんっ!」
「ひいっ!」
「「「「「きゃあああぁぁぁ!」」」」」
「うわあっ、にっ、逃げろー!」
和成は真をどかして菫を捕まえると、隠し持っていたダガーナイフを取り出して彼女に突きつける。会場にいる人々が慌てて逃げ出す。
「動くなっ! 帰りたきゃ勝手に帰れっ! だが俺に近づいたらこいつの命はねえ。逃走用の車を用意しろ。早くしないとこの美顔がズタズタになるぞー」
「あなたという人はっ!」
「和成……残念だ。うっ、ああっ!」
「だっ、大丈夫ですかっ!」
和成の父親はショックで体の力が抜けてしまいその場に座る。
「この程度で倒れるとは、お父さんも大した事ないなー。このまま一緒に――」
和成のダガーナイフを持っていた手に古びた野球のボールが直撃する。
「ぐわっ!」
「スミちゃんっ!」
彼が怯んでダガーナイフを落とした隙に菫が真の元へ駆け寄って抱き合う。
「いってぇ――てめえ! うっ!」
和成が気づいた時には黒く染まった警棒の先端が喉元に突きつけられていた。
「この野郎っ!」
和成が悪あがきで殴りかかる。
「ガハッ」
「頭ががら空きだぜ」
和成が頭を警棒の先端で叩かれ気絶する。
そして気絶した彼の元へ樹と忠典が駆け寄る。
「立花さん、本多さん」
野球のボールは樹が和成の死角から投げたものであり、彼の頭を警棒で叩いたのはガードマンから警棒を借りていた忠典である。
「元野球部と元剣道部がいる事も計算に入れておくべきだったな」
樹が古びたボールを拾い、気絶した和成に向かって捨て台詞を吐く。
「ふぅ、ようやく解決したな」
「あの――助けていただいて、ありがとうございます」
菫が微笑みながら樹と忠典に礼を言う。
「良いって事よ。その笑顔を見れただけでもさ、ここまで来た甲斐があったってもんよ。じゃあ警察に通報するか」
「立花さんたちって、確か今日仕事だったんじゃないんですかっ?」
「「「あっ!」」」
「マコ君、緊急時だったんだから仕方ないよ」
「ふふっ、そうだね」
「マコ君も、助けに来てくれてありがとう」
菫は背伸びをして彼のほっぺに優しくキスをする。
「……す、スミちゃん!」
真は赤面しながら恥ずかしそうにする。この微笑ましい光景にここにいる誰もが安心を覚える。
こうしてこの結婚騒動は一件落着するのだった。
第2章完結です。
以降は不定期更新となります。




