第39話「公になる真実」
真は菫に夢中で結婚式の途中である事を忘れていた。
彼は冷静になるとようやくその事を自覚する。
真はマイクの電源を切ると司会に渡す。
「結論から言います。和成さんは彼女を脅して無理矢理結婚させようとしたんです」
真の突然の発言に会場がざわつく。
「それで、その証拠は?」
「これです」
真が取り出したのはベージュのデザインが施された菫の母親のスマホだった。
彼はそのスマホを開こうとするが――。
「あれっ、動かない」
スマホの電源がつかない事に真が焦り始める。
「……それ、電池切れじゃない?」
「えっ!?」
「貸して、ここに充電コードあるから」
「あー、ごめんね」
「もう!」
菫が両方のほっぺを膨らませながら真の手際の悪さに呆れながら充電コードに繋ぎ電源を入れると、スマホの画面が明るく照らされ、パスワード入力画面へと変わる。
「あの、パスワードを入力してもらえますか?」
「あっ、はい」
真が菫の母親にパスワードを入力してもらい、ようやくスマホが開くと、彼女はそそくさに自分の席へと戻っていく。
目立つのはあまり好きではないらしい。
「えっと……あった。これです」
真が和成の父親に見せたのは菫が菫の母親へ最後に送った時のメールであり、その最後の部分がしっかりと残っていたのである。
「!」
「和成さんは彼女の両親がマリッジワールドに勤めているのを良い事にスミちゃんに交際を迫った。でも断られた事で次の手段に出た。婚活用のプロフィールカードは自分だけでなく、家族の職業や所属先まで表示されるので、スミちゃんの両親の所属先はそれで知る事ができたんです。そして和成さんは早くからここに予約し、予定に間に合わせるために両家の顔合わせ目的でお見合いをし、それから時間をほとんど数に結婚に踏み切った。違いますか?」
「あのなー、出鱈目もいいとこだぞ。俺はちゃんと両方の両親の前で菫ちゃんに告白して承諾までもらってるんだ」
「スミちゃん、その時の状況を説明してくれるかな?」
「う、うん。全部彼の言う通りです。私は八王子さんに脅されていました」
披露宴会場が再びざわつき始める。
「両親は再就職したばかりで凄く喜んでいました。だからそれで断れなかったんです。私のせいでっ……お父さんもお母さんもクビになったら、逮捕されてもう会えなくなるんじゃないかって思うと、断れませんでした!」
菫は涙を流しながら今まで言えなかった想いを全部吐き出す。
こんな事、さっきまでの私だったら、絶対に言えなかった。
でも――今は私の隣にマコ君がいる。何があってもマコ君が守ってくれそうな気がするから、私はっ……もう逃げない。この男からも、他の全ての理不尽からも。
菫はウェディングドレスで涙を拭き取ると和成を睨みつける。
「ちょっと待てっ! んな事してねーからっ! 大体なー、そのメールだって君が俺をハメるために用意した偽物かもしれねえだろうがっ! だから決定的な証拠にはならねえぞ!」
「確かにその通りです。しかし疑問はもう1つあります」
「なっ、何だよ?」
「スミちゃんがあなたとお見合いをする前日から、僕のスマホからも、スミちゃんの両親のスマホからも、全く連絡ができなくなったんです。スミちゃんはメールに必ず返信をくれるまめな人です。そんなスミちゃんが突然連絡を絶つから不自然だと思ったんですよ。あなたがスミちゃんに嘘の別れのメールをさせた後であなたがスミちゃんからスマホを取り上げたと考えれば、スミちゃんが突然連絡を絶った事、急に別れのメールを送ってきた事、僕にこの場所を伝えるメールと、スミちゃんのお母さんへのメールの最後にあなたを告発する文章を書いた事、これら全てに対して説明がつくんです。そうだよね?」
「うん、私は八王子さんに諦めてもらうために、マコ君に彼氏のふりをしてもらっていました。でも別れないと両親をクビにすると言って、最初にお母さんにメールを送らせてもらったんです。その後でマコ君に別れのメールを送らされました。こっちは最後のメッセージがばれても良いように、結婚式の日にちと場所だけ書きました」
菫は真の推論が正しい事を主張し、珍しくハキハキと話す。
それぞれに送った最後のメッセージはやはり菫の抵抗だったのだ。
「――あの人の言ってる事が本当なら、やばいよな?」
「ああ、これ完全に脅迫じゃん」
「八王子グループも終わったな」
「そうそう、婚活法を良い事に結婚を強制するなんてなー」
会場に集まっている財界の重鎮たちが和成の事を噂し始める。
樹たちもこの光景を目にしていた。輝彦や受付の人まで集まってきており、全員呆気に取られていたのである。
菫が真に味方した事もあり、情勢は真有利になっていく。
「俺がスマホを取った証拠でもあんのか?」
「あなたの部屋の荷物を調べて、そこからスミちゃんのスマホが出てくれば、それが確実な証拠になると思いますが」
ふっ、それなら問題ない。
菫ちゃんのスマホは俺のポケットに入っている。
いくら俺の荷物置き場を調べられても問題はないが、念には念を入れるか。
「君にその権限はないはずだ。そういうのは警察の仕事だろ。せめて令状でも取ってからじゃないとプライバシーの侵害で訴えるぞ。それに、仮に俺の部屋から菫ちゃんのスマホが見つかったとしても、誰かが置いたものかもしれないんだから、それも証拠にはなりえない」
まっ、警察が来て調べられる前にこのスマホはどこかに処分して、彼女が勝手になくしたと言っておけば問題ない。
「和成、何もやましい事がないなら調べてもらえば良いだろう」
「――ふん、勝手にしろ」
「立花さん、同僚の皆さんと警備の人たちと一緒に、和成さんの部屋を調べてきてもらっても構いませんか?」
「分かった。スマホを見つけたらすぐに届けるよ。ほらっ、行くぞ」
「はいはい、分かったよ。何で俺たちまで……」
樹は忠典と輝彦とガードマン2人を連れていく。
さっきまで取っ組み合いをしていたこの5人だが、今は共通の目的に向かって協力し合っている。ガードマンたちも話を聞いて真の方が正しいと思ったのだ。
会場にいる人々は彼の罪の有無を見届けようと居座り続けている。
ここにいる全員が真に心を動かされ、その証人となる事を決意したのだった。
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