第37話「捨て身の計画」
樹はどうにかして真を助けたいと思っていた。
しかし樹が考えている行為にはリスクが伴うものだった。
「なあお前ら、男になる覚悟はあるか?」
樹が真剣な眼差しで忠典と輝彦を見つめる。
「何だよそれ?」
「良いから耳貸せ」
時刻は午後2時を過ぎたところだった。
樹が忠典と輝彦の2人に耳を貸してもらい計画を話す。真はきょとんとしながらその光景を不思議そうに見つめている。
菫たちは食事をしており、王子ホテルが用意した高級料理を食べながら『最後の行事』を待つばかりであった。
マコ君……もう来ないのかな? まあ当然だよね。あんな酷い振り方したんだから、最後のメッセージに気づいていないなら……なおさら……ね。
菫は希望を失いつつあった。強制されたとはいえ、彼女は今になって真に振るメールを送った事を後悔する。
あの時から、もうこの結婚は決定的になっていたのかもしれない。これが私の運命なんだ。お父さんも頑張ってくれたけど、ここまで……か。
その頃ロビーでは、樹の計画を知った忠典の輝彦の2人は驚きの表情を見せる。
「いや、それは流石にまずくないか?」
「それ以上にまずい状況になりつつあるんだ。何、俺が全ての責任を負ってやる。男に二言はねえ。この通りだ。頼むっ!」
「んー、どうする?」
「立花さんが頭下げてお願いをするなんて珍しいですもんね。分かりましたよ。ここで拒否って仕事に影響が出たら困りますからねー」
「そうだな。事情が事情だ。俺も協力する」
「――お前らが同僚で良かった」
「おいおい、まるでこれから死ぬ奴の台詞じゃねえか」
「死にはしないさ、真、俺たちの一緒に来い。長月さんに会わせてやる」
「本当ですかっ!?」
真は樹のこの言葉に唯一の希望を見出した。
他に頼れる人はいない。他に手段もなくなった今、真たちは樹についていく事を決意する。樹たちは少し離れた場所にいる別の受付に話しかける。
「あの、俺たち八王子さんに言われて、八王子さんが忘れた携帯をなるべく早く渡すように言われたんですけど、八王子さんがどこにいるか知りたいんですけど、これを届けたらすぐ帰るんで、場所だけ教えてもらって良いですか?」
樹が自分の携帯を見せながら携帯のお届けを装う。
「分かりました。八王子様でしたらこの階です」
受付の人が和成の居場所、すなわち菫のいる階をまんまと吐かせる。
凄い、さすが立花さん。
真はそう思いながら樹の凄さに気づかされる。
樹はずっと営業部にいるだけあって人との『交渉』はお手の物である。樹は菫の居場所を真に伝えるとすぐにエレベーターに乗り、菫のいる結婚披露宴の会場へと向かう。
エレベーターの中には真たち4人だけ、段々と階層が上がるにつれ真たちの緊張もピークに達する。
エレベーターの自動ドアが静かに開く。そこには招待券の有無を確認する1人の受付の女性と2人のガタイの良い男性のガードマンがおり、その奥が披露宴会場である。
真を先頭に樹たちが通り過ぎようとする――。
「お待ちください。招待券は持っていらっしゃいますか?」
「あー、それがですね――」
「おいっ、何をするっ!? 離せっ!」
樹と忠典がそれぞれ2人のガードマンの足を抑える。
「真っ、行けっ!」
「えっ、でもっ!」
「今は長月さんの方が大事だろっ! 構うなっ! 行けええーーっ!」
「は、はい。ありがとうございますっ!」
真は樹の言葉に背中を押されて披露宴会場へと向かう。
「ちょっと、お客様困ります」
「あー、すみませんねー。実はどうしてもあいつを通してやらないといけない理由がありまして、ちゃんと事情は説明させてもらうので、それで許してやってくれませんかねー?」
「駄目です、警察に通報します――」
受付が服のポケットからスマホを取り出して警察に通報しようとする。
輝彦が咄嗟に受付の手を掴み通報を阻止する。
「何するんですか!? やめてください!」
「手荒なマネをしてすみません。でも今は通報はやめた方が良いですよ。何せあの八王子家の結婚式なんですから、それが警察を呼んだせいで滅茶苦茶になったら、多分首が飛ぶだけじゃ済みませんよ」
輝彦が片手で首を切られるジェスチャーをしながら通報をやめさせる。
受付が抵抗をやめると輝彦は手を離し、受付はスマホをポケットへしまった。
「脅してるんですか?」
「脅しじゃありません。人助けです」
「は?」
受付は言っている意味が分からないのか、思わず本音がそのまま口から出てしまう。
彼女は口をぱっくり開けて呆気に取られている。
そう、樹の計画とは、ガードマンや受付を樹たち3人で足止めしている間に真を通過させ、彼を会場へと導く事だったのだ。
無謀な計画を承知の上で、同僚たちもその計画に乗った。
全ては1人の女性を救うために。
「ええい、離せっ!」
「うわっ!」
樹はガードマンに縛りついていたが、ついに力負けして振り解かれてしまう。
そして自由になったガードマンがもう片方のガードマンを助けようと忠典の手を離そうとする。忠典は観念したのか手を離す。
「お前ら、こんな事してただで済むと思うなよ」
「申し訳ありません。事情はちゃんと説明します。どうか今回は見逃してください」
「お願いします。この通りっ!」
「「……」」
樹たちはガードマンたちに土下座をする。
もちろんこれも時間稼ぎの一環であり、彼らの注意が真へ向かないよう注目の的になっている。樹たちは土下座をしながら顔はニヤリとしている。
彼らの無謀な計画は無事に成功したと思われたが……。
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