第36話「渾身のスピーチ」
真たちが段々と王子ホテルが近づく中、結婚式は菫の父親のスピーチを迎える。
菫が見守る中、新郎新婦のそばにのっそりと移動した菫の父親にスポットライトが当たる。
「それでは、新婦の父親による新郎新婦への言葉です」
会場からは惜しみない拍手が送られ、しばらくするとシーンとなる。会場内の人全員が期待のこもった眼差しで菫の父親を見る。
「……」
「あの、もう始めて良いですよ」
「あっ――はい。すいません、少し緊張しておりまして」
「「「「「ははははは」」」」」
菫の父親が緊張を理由になかなか台詞を言い出せない事を詫びると、会場からは笑いが起こる。
誰も彼もが自然な形で緊張しているものと受け取っていた。
「――えー、皆様、本日はお忙しい中、娘の結婚式のためにお集まりいただき、本当にありがとうございます。まずは皆様全員への言葉を送ろうかと思います。うちの娘は一人っ子でして、私たちからの愛情を一身に受け、ここまですくすくと育ってきました。自慢ではありませんが、何度かタレントやモデルのスカウトに声をかけられた経験もある子です。しかし、娘はどのスカウトにもなびきませんでした。娘は小さい頃から人見知りで、しかも男性恐怖症という事もあって、人前に出て活躍する事がとても苦手だったのです」
菫の父親は菫の生い立ちから特徴的な出来事までを振り返り、ゆっくりとしっかりした言葉で語っていく。
「私たちは良かれと思って娘を会社へ入れました。まあ、娘がいた会社は私の友人の会社だったので、余程の事がなければ採用確定だったんですけどね」
「「「「「ははははは」」」」」
「しかし、娘は会社に馴染めず、僅か1ヵ月で会社を辞めてしまいました」
もう! そんな事言わなくて良いのに!
菫が若干しかめっ面になりながら心の中で呟く。
「それからは家に引きこもるようになったんですが、娘は音楽に興味があったようで、それで音楽を投稿できるサイトから作曲した曲を投稿するようになってからですね、なんと作曲してほしいというオファーが度々来るようになって、娘が趣味でやっていた音楽がいつの間にか仕事になっていたんです。私たちは間違っていたと確信しました。人生において大事なのは集団生活に馴染めるようになる事じゃなく、自分の居場所を見つける事なんです。私たちは、それを娘から教えてもらったのです。私たちが娘に教える立場かと思いきや、私たちも知らぬうちに人生を娘から学んでいた事に気づきました」
お父さん、今まで私の事全然見てないって思ってたのに……。
菫はしっかり自分を見ていてくれた両親への感謝の念と共に涙する。
彼女はボロボロとこぼれ落ちる涙を白いウェディングドレスで拭く。
そして菫の父親が和成の方を向く。
「それほどにまで……大事に育ててきた娘です。自分と同じくらい、いや、自分以上に大事にしていただきたい! 絶対にっ!」
菫の父親が娘をむげに扱わないように念を押す。
その言葉には和成への牽制と不信感が込められていた。
「菫、私たちがいなくても……末永く……幸せになってほしい。たとえどんな事があろうと、くじけず、へこまず、諦めず、強く生きていってほしい」
菫に対しては幸福より辛抱に重きを置いた言葉を贈る。
「以上で、私から皆さんへ、そして、新郎新婦への言葉を終わります。ご清聴いただき、ありがとうございました」
その頃、真たちは菫のいる王子ホテルへようやく辿り着く。
ロビーに入った真たちはキョロキョロと周囲を見回り、早速結婚式場がある階を探す。
各階にどんなフロアがあるかが書かれているフロアの一覧表を見る。
数多くの客室の他、結婚式用の披露宴会場、飲食店、ボウリングセンター、シアターといった様々な施設が揃っている。
「えっと、結婚式の披露宴会場は……あった!」
しかし披露宴会場にはいくつか階層があり、どの階かは受付に聞かなければ分からない。
「じゃあ、行ってきます」
「おいおい、そんなずぶ濡れのレインコートのまま行くつもりか?」
「!」
真は一刻も早く菫の居場所へ行く事ばかりをずっと考えていたために、自らの服装の事には無頓着になっていた。
台風のせいか、せっかくの一張羅も所々濡れている。
「俺が預かっといてやるよ。さっさと長月さんに会ってこい」
「……はいっ!」
真はレインコートを脱ぐと、それを樹に預ける。
「じゃあ、今度こそ行ってきます」
「おう、武運を祈ってるぞ」
真はロビーサービスをしている受付の元へ行き、勇気をもって話しかける。
樹たちは真が心配なのか、見送った後もずっと見守っている。
「あの、長月菫さんに呼ばれて来たんですけれども、長月家の結婚式場はどちらでしょうか?」
「まずは招待状をお見せいただけるでしょうか?」
「サプライズで出て来てほしいと今日お願いされたので、招待状は持ってないんです」
「それではお教えできません」
「……そうですか」
真が落ち込み顔でトボトボ歩き樹たちがいる所へ戻ってくる。
「その顔は駄目だったんだな?」
「うん、駄目だったよ」
スミちゃん、ごめん。僕、君のいる場所まで行けそうにない。
「あと一歩のところなのにっ!」
真が落ち込みながら涙目になる。
運命は僕の事もスミちゃんの事も見離した。
真の悔しがる顔に樹たち3人が同情した時だった。
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