第35話「目的地を目指して」
和成はなかなか真を諦めない菫に苛立っていた。
菫にできる事はただ1つ、祈る事のみ。
午後11時、結婚披露宴のためにぞろぞろと人が集まってくる。八王子家の人々の他、財界の重鎮たちも会場へと集う。
会場はエレガントを意識したデザインとなっていた。ベージュを基調にシャンパンゴールドを多く使った上品な空間。
家具類の脚はブラウンを、メインテーブルバックにはコーラルピンクのドレープカーテンを用いてカラーコーディネートが演出され、壁面にミラーを施す事でプリンセスの部屋をイメージしている。
いくつかの丸いテーブルの他、それを囲むように椅子が設置されている。テーブル、椅子、テーブルクロスまでもが白を基調としたものとなっており、各テーブルの中央には花束が飾られている。
このワンフロア全てが貸し切りになっているのだ。
午後12時、挙式が『披露宴会場』で開始された。
本来は教会を使う予定だったものの、台風であるために急遽予定が変更され、新郎新婦が共に入場した後に食事をしながらのスピーチとなった。
最後に誓いの言葉と共に『婚姻届け』に判を押し、特別に来てもらった役所の人に提出する事になる。
「それでは、新郎新婦の入場です」
結婚式ではよくあるBGMが流れ、新郎新婦となる予定の2人が入場する。
和成は喜んでいるものの、菫は苦笑いをしている。
「まずはお2人のなれそめからです――」
事前にゴーストライターによって書かれたなれそめや、2人の生い立ちや思い出などが次々と写真として演出されていく。
しかし真の姿は見えない。
もう……来ないのかな。
来る気配すらないために菫は諦めかける。
その頃、真は王子ホテルがある品川まで辿り着く。
しかし途中で道に迷ってしまい、彼は雨宿りをしながらスマホの地図と現在地を照らし合わせながら王子ホテルを目指す。
しかし――。
「あっ! ええっ! そっ、そんなっ、こんな時にっ!」
真のスマホの電源が切れてしまった。昨日ロクに充電していなかった上に走っている間ずっと起動し続けていたための悲劇である。
「はぁ~、ちゃんと充電しとけば良かったぁ~」
真はしばらくの間、人に聞きながら東京の街を右往左往する。
しかし彼自身の方向音痴である事もあってなかなか辿り着けない。
「――ん? 八武崎、お前こんな所で何やってんだ?」
「立花さん!」
声をかけてきたのは樹だった。この時は同僚2人も連れており、昼休みのため昼飯を食べるために社外へと出てきたところだったのだ。
「立花、この人は?」
「この前紹介した奏の弟だ」
「あー、そう言えばそんな事言ってたなー。俺は本多忠典、んでこいつは青山輝彦」
「八武崎真です――って自己紹介してる場合じゃないんです。王子ホテルを探してるんですけど、なかなか見つからなくて、スマホも電源が切れちゃったんですよ。どこか知りませんか?」
「それは災難でしたねー。えっと、王子ホテルっと。あー、あっちみたいですよ」
輝彦がスマホを見ながら王子ホテルがある方向を指差す。
「ありがとうございますっ。それじゃ」
真は樹の一行から離れようとする。
「おい、ちょっと待てよ」
「えっ?」
「何で王子ホテルなんだ? あそこは俺たち庶民がなかなか行けるような所じゃねえぞ。事情を説明してくれないか?」
「そんな時間ありませんよ。早く行かないと取り返しのつかない事になるんです」
「ったくしょうがねーなー。走りながらで良いから説明してくれ」
「わっ、分かりました」
「ちょ、おい、置いてくなって」
「じゃあ俺たちも運動がてらについていきますよ」
真はペース配分を意識し、走りながら樹たちに今までの事情を説明する。
道は台風で濡れており、所々に水溜まりもできている。
災害出勤をする人が多かったためか、人通りもそれなりにあった。
真はレインコートを着ていたため最小限の濡れ具合だったが、樹たちはスーツ姿であったためびしょ濡れになる。
「じゃあ、その幼馴染は結婚を望んでいないのに結婚させられてるって事か?」
「そうです。ちゃんと証拠もあるんです」
「こんな事が世間に知れたらやばい事になるんじゃねえか?」
「今がそのやばい時なんです。早くこの事をみんなに話して彼女を解放してあげないと……スミちゃんが僕に残した結婚式の日にちと場所、あれには隠れたメッセージがあったんです」
「隠れたメッセージ?」
「招待状もないのに伝えるという事は、誰かが意図的に僕を招待しないようにコントロールをされている可能性が高いんです。スミちゃんの結婚相手であるドラ息子に最後のメッセージを遅らせた後、スマホを取られたと考えると、今までの全ての事情に対して説明がつくんです」
真たちはようやく王子ホテルを見つける。しかし走っていくにはまだ遠いため、真たちは自分の体に鞭を打ちながら駆け足になる。
「「「「はあっはあっはあっはあっ」」」」
彼らは走り回って疲れきっていた。真に至っては街を何周分も走っており、体力は限界を超え、既に疲労困憊である。
「なあ、もう飯にしねえか?」
弱気になった本多が呑気な事に、真に昼飯を提案する。
「1人の何の罪もない人の将来と引き換えにですか?」
「あー、もう分かったよ。行きゃ良いんだろ行きゃ」
真はこの時だけは強気だった。普段は周囲の言葉に押されては流されている彼だったが、今日の真は一味も二味も違うのだ。
樹たちはタジタジになりながらも真に付き添う事にするのだった。
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