第34話「頼りない王子様」
窓は閉めきっている。しかし外からは風の音がビュービューと吹く。
真はその音を遮るようにパソコンにさしたイヤホンを耳につけ、穏やかなBGMを聞きながら記事や動画の制作に没頭する。
そうでもしていなければ精神が持たない。
結婚式の日が近づくほどに心臓がバクバクする。しかも結婚する側としてではなく、結婚を阻止しようとする側であるからなおさらだ。
真は仕事の合間に『結婚 無効』で検索する。
意思能力が伴わない場合は無効になる場合がある……か。
スピーチっていつやれば良いんだろう。飛び入り参加するにしたって、まずは王子ホテルに入れないといけないわけだし、招待券も持ってないのにどうやって入れば良いんだ?
真は王子ホテルへ行く事を決意するが、会場内に入る方法までは分からぬままであった。
仕事が一段落すると、まるで電池が切れたかのようにそのまま明かりを消し、彼は目の前が真っ暗になると共にベッドにダイブすると段々と意識が遠のいていく。
翌日――。
この日は運命の木曜日であり、菫の結婚式である。
午前7時、真は珍しく朝早く起き、奏と朝食を共にする。
外は相変らずの台風だった。
しかし歩けないほどでもない。
ニュースでは昼過ぎには台風が関東地方を過ぎ去ると予報が出ている。
奏は服の上にレインコートを着る。
「ほらっ、これで行けよ」
「これって、京子さんとお見合いした時の一張羅じゃん」
「これがないとドレスコードで弾かれるぞ。招待券がないとは言っても、大事なお届け物があるんですって言っておけば何とかなるよ。あっ、届けたらすぐに帰りますも忘れずにな」
「姉さん――」
「あたしは大事な仕事があるから今回ばかりは手伝ってやれないけど、真ならきっとうまくやれるよ。とは言っても台風だから結婚式自体中止になってるかもしれないけどな」
「その時はスミちゃんの両親にまた聞く事にするよ」
「そっか、じゃああたしはもう行くから、食器洗い頼むよ」
「うん、分かった」
奏は台風の中へと消えていく。
ブラック企業って大変なんだな。真はつくづくそう思いながら両手にゴム手袋をはめ、洗剤をスポンジに馴染ませてから食器洗いをする。
午後10時、真は一張羅の上に奏が用意したレインコートを着る。
良しっ!
真は家に鍵をかけて王子ホテルまで出発するが……。
しばらくの間、トボトボ歩きながら彼は最寄りの駅に辿り着く。周囲の民家は台風に備えて窓を閉め切っており、多くの飲食店などが休みとなっている。
「ええっ! 電車止まってるんですかっ?」
「申し訳ありません。今日は台風でして、出勤ですか?」
真は最寄りの駅から王子ホテルを目指そうとするが電車が止まっており、そこで立ち往生する事になってしまったのだ。
「いえ、結婚式に遅れそうなんです」
「そうですかー。今は駅のタクシーは皆さんが出勤で使ってしまってもうありませんから、ここで次のタクシーを待つしか――って、ちょっと!?」
真は頭で判断する前に体が動いていた。
彼は柄にもなく全速力で台風の中を走る。
いつ来るかも分からないタクシーなんて待っていられない。彼はそれしか考えられなかった。道は分かっている。なら後は走るだけ。
彼はそんな事を考えながら1つ1つ駅を通過していく――。
その頃、王子ホテルにて。
「なかなか似合ってるじゃないか。マイスウィートハート」
「その呼び方やめてくれませんか? 気持ち悪いので……」
「おいおい、俺たちの結婚式の日だってのにそんな言い方はないだろう。大人しく俺との結婚に応じてくれれば、君も、君の両親も悪いようにはしない。それと今日は八王子家の人間が勢揃いするから、くれぐれも粗相のないようにな」
王子ホテルの中は所々にオシャレな装飾が施されており、どこもかしこも富裕層向けの高級感に溢れている。
菫は花嫁用の個室で係員に白いウェディングドレスを着せられる。両肩を露出し、胸の谷間から下は地面に着くほど長い純白のドレスに身を包みながら化粧道具がたくさん置いてある鏡の前にある席に座っている。
係員が個室から去っていく。
菫は鏡越しに困り果てた自分の顔を見つめており、その隣にはキザな姿をした和成が満面の笑みを浮かべながら立っている。
「今日は台風なのに、どうして結婚式を強行するんですか?」
「言ったはずだ。俺には時間がないんだ。八王子家の人たちには早めにここまで来てもらった。これで俺は八王子グループを安全に継承できる事を内外にアピールできる」
「……」
菫は目を半開きにさせながら真の事ばかりを考えている。
マコ君、来てくれるかな。
「――あの、もう1人招待したい人がいるんですけど」
「駄目だ。どうせあの八武崎真とかいう幼馴染を誘いたいんだろう。ここは招待状を持たない者は入れないんだ。それにそいつが来て君に未練でも残ったら困るからねー。残念だけど、もう彼の事は諦めろ。それとも両親をクビにされたいのか?」
「今更それはできないはずです。それと、うちの親に何かあった時は即別れさせていただきますからそのつもりで」
「それは無理な相談だ。婚活法では一度結婚すれば片方の意思だけでは離婚できない。全く、自営業しかやった事のないお嬢様は不勉強のようだ」
「……不勉強なのはあなたの方です。私にはあなたよりずっと素敵な王子様がいるんです。ちょっと頼りないとこもありますけど、自分の立場がどんなに悪くなっても、第一に相手の事を考えられる素敵な人なんです。私は昔から人見知りで男性恐怖症ですけど、彼に対しては普通に接する事ができるんです。彼はそういう人なんです――」
菫がそう言いながら和成の方を向いた瞬間、和成が平手で菫のほっぺをはたく音が部屋中に響く。
菫は涙目になりながらはたかれたほっぺを片手で押さえる。
「下手に出てりゃ調子に乗りやがって! 隙あらばあの男の事ばっかり語ってんじゃねえぞっ! てめえは自分がどういう立場か分かってんのかっ!?」
和成が怒鳴りながら鋭い眼光で菫を睨みつける。
「ううっ……うっ……」
菫はそっぽを向き、痛みに耐えながら啜り泣きをする。メイクは涙で崩れ落ちていた。
彼女は仕方なく洗面所まで行き涙ごとメイクを洗い流す。
真の王子様の到来を信じて。
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