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第32話「救いを求めて」

 午後4時過ぎ、2人は家を出てから30分程度で長月家の前まで辿り着く。


 幸いにも家の中に明かりがある事を外から確認できた。


「はーい」


 家の中からインターホンに反応する女性の声が聞こえる。


「!」


 玄関のドアを開けたのは菫の母親だった。娘の結婚式の前日という事もあり、この日は早めに夫婦揃って帰宅していたのだ。


「初めまして、あたしは八武崎奏と申します。こっちが弟の真です」

「はあ……」

「えっと、お久しぶりですね。実は娘さんの事で話があるんです」

「菫がどうかしたんですか?」

「娘さん、明日結婚するんですよね?」

「! どうしてそれを!?」

「詳しい事はあなた方2人に揃っていただいてから話させてください。お願いします」

「あたしからもお願いします」


 2人は家の中でじっくり話したい事を示唆しながら頭を下げる。


「――分かりました。中へどうぞ」

「「ありがとうございます」」


 2人は家の中へ案内され、菫の母親が菫の父親を呼ぶ。


 真、奏、菫の父親、菫の母親の4人がリビングのテーブル席に着く。


 それぞれの席には麦茶が置かれている。


「それで、話というのは?」

「僕は娘さんの幼馴染で、何度か会った事があるんです」

「確かこの前来た人だね」

「はい」

「菫と別れたんじゃないんですか?」

「厳密に言うと、別れたふりをしています。娘さんが一度僕を拒否したのはそのためです」

「いまさらそんな事を言われても困りますよ。娘は明日結婚するんです。これ以上あなた方と話す事はありません。お引き取りください」


 菫の父親が席を立ち、真たちに帰ってもらうように言いながらキッチンの方へ行こうとする。


「あなたは娘さんが不幸になっても良いんですかっ!?」

「「!」」


 真の言葉に菫の両親が驚く。菫の父親は足を止めて真を睨みつける。


「それは……どういう意味ですか?」

「そのまんまの意味です。娘さん、いえ、スミちゃんはっ、八王子和成さんとの結婚を望んでいないんです。それでも彼女の結婚を推し進めるつもりですかっ!?」

「そんな根拠があるんですか?」


 菫の父親が厳しい目で真を見ながら疑いをかける。


 すると、誠がポケットからスマホを取り出し、菫からの最後のメールを菫の父親に見せる。彼はつけていた眼鏡をはずしてメールの最後の部分を凝視する。


「これはっ!」

「そうです。明日の結婚式の日にちと場所です。スミちゃんが僕に招待状をよこさなかったのにこんなメールをよこすという事が、どういう事か分かりますか?」

「……こっそり来てほしいという意図くらいしか分かりませんが」

「仮にも仲の良い幼馴染が相手なら、こういう時に招待状を送らないのは不自然です。つまりスミちゃんは八王子さんにスマホを管理されている可能性が高いって事ですよ。だから彼女は八王子さんにばれないようにこっそりメッセージを送ったんです。真はスミちゃんに何度かメールを送りましたが、いずれも返信はありませんでした。最後に彼女とメールのやり取りをしたのはいつですか?」


 今度は奏が事情聴取をするかのように菫の父親に問いかける。


「――そういえば、最近いくらメールを送っても全然返ってきませんでした」

「確か、お見合いの2日前にメール貰って以来、全然連絡していません」

「そのメールを見せてもらっても良いですか?」

「は、はい」


 2人は菫の母親が持っているスマホのメールを見せてもらう。


 そしてスクロールバーを1番下まで下げる。


「「「「!」」」」


 4人が同時に驚く。スクロールバーの1番下には隠されたメッセージがあったのだ。


『お父さん、お母さん。私は今、八王子さんに脅されてる。結婚を拒否すれば、お父さんもお母さんも会社をクビにするって言ってた。でも私は大丈夫。お父さんもお母さんも私が守るから。いつまでも良い夫婦でいてね』


 菫の両親は青ざめた表情を浮かべている。


 しばらくの間、沈黙が部屋を支配する。


「これこそ、スミちゃんが結婚を望んでいない確実な証拠だと思いませんか?」

「「……」」

「人質を取って人を脅して、彼女の優しさにつけ込んで結婚を無理強いするような人が、スミちゃんを幸せにできると思いますか!?」

「……真さん、私たちは再就職を決めるまでずっと菫に苦労をかけてきました。これ以上あの子にお金の事で苦労をさせたくはないのです」

「「!」」

「あの子にとって多少の理不尽があるのは分かりました。しかしもう決まった事です。申し訳ありませんが、今日のところはお引き取りください」

「多少の理不尽と言いましたよね?」

「はい……そうですが」


 真は菫と過ごした日々を思い出す。


 彼が知っている菫は心優しく、お金には全く興味のない女の子だった。


「あなた方にとっては多少の理不尽かもしれません。でも彼女にとっては、きっと耐えきれない苦痛だと思います」


 真が菫の両親に詰め寄り、彼女の心境を説く。


「あなたに菫の何が分かるって言うんですか?」

「分かりますよ。彼女は経済的に恵まれた生活よりも、自分も周囲も笑顔で過ごす事を誰よりも望んでいる心優しい人なんです。僕が食事を奢ると言った時も、僕に悪いからと言って断ったんです」

「「!」」

「スミちゃんは経済的に豊かな人生よりも、心の豊かな人生を望んでいるんじゃないかと思います。あたしも最近何度かスミちゃんと話した事があるんですけど、彼女は自分で稼いで両親に楽をさせてあげたいと言っていました。これから大金持ちと結婚する人とは、思えない台詞でした」

「……一体私たちにどうしろと言うんですか?」

「最終的な判断はあなた方にお任せしますが、どうかっ! スミちゃんを助けてあげてください! お願いますっ!」

「あたしからも、お願いしますっ!」


 真と奏が頭を下げ菫の救済をお願いする。


 菫の両親は困った表情を崩さないまま、時間だけが過ぎるのだった。

シリアス回です。

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