第30話「選ばれた生け贄」
真はようやくフリーになるとスマホを見る。
この街コンでは2店舗以上を回りかつ2時間以上が経過すると、途中で参加を降りる事ができる。稔と智幸が帰ったのはそのためである。
しかし真はもう少し婚活法の理由探しを続ける事にした。
真はスマホで『婚活法 他の法案』で検索する。
すると今までに見た事のない法案が次々と出てきたのである。
「婚活法以外にも、色んな法案が通ってたんだ」
真が目にしたのは今までに類を見ない法案だった。
20%までの『消費税』増税、婚活運営会社や結婚相談所に対して20%の税金をかける『婚活税』の導入、収入のない無職を逮捕できる『無職罪』までもが導入されていた。
しかも婚活法違反や無職罪で捕まった者は、『懲役刑』の一環として婚活運営会社の一員として働かされるのだ。
「――どうしてこんな事に?」
「あっ、真じゃん。こんな所にいたのか」
「姉さん。それに姫香さんに真凛さん」
真がスマホを見ながら道の端っこにいると、偶然にも奏一行と再会する。
「また会っちゃいましたねー。私たちはもう2店舗回って半周くらいしたところなんです。どののお店も参加者でいっぱいだったので、ここまで来ちゃったんです」
「話に夢中で全然食べられなかった」
「でも良い男と会えたんですから良いじゃないですかぁー」
姫香は食べ放題であるにもかかわらず、婚活男性と話してばかりであんまり食べられなかったのか我に返って落ち込んでいる。
真凛は姫香の頭をなでなでしながら慰める。
「スマホを見ながら青ざめた顔をしてたけど、一体どうしたんだ?」
「あー、いや、何でもないよ」
「もしかして、エッチな動画とか見てたりして」
「いえいえ、違いますから」
真凛がからかうようにニヤけた顔をしながら疑いをかける。
「そんなわけないだろ!」
「何で分かるんですー?」
「真は可愛い幼馴染にしか興味がないんだよ」
「そうなんですかー?」
真凛は奏の顔を見ながら話を聞き、再び真の顔を見る。奏は腕を組みながら一緒になって真をからかていた。
「ちょっ、ちょっと、姉さん!」
「あー、顔赤くなってますよー」
彼女たちにとって真面目で根が真っ直ぐな真はからかいやすい対象のようである。
「真は何人とメアドを交換したんだ?」
「確か、8人くらいかな」
「「「マジでっ!?」」」
奏たちが一斉に驚く。彼女たちは真がそこまでメアドを交換できるとは思っておらず、自分たちもメアドをロクに交換できていなかったため、共に傷の舐め合いをしようとするが失敗した事を彼女たちは確信するのだ。
「嘘……だよな?」
「そんなに驚かれると辛いんだけど」
「悪い悪い。でも真にしてはかなり上出来じゃないか。あたしと姫香は全然交換できなかったからなー。誰かさんが男共を独占したせいでな」
奏は真凛の方をギロッと睨みつけながら暗にお前のせいだぞというメッセージを送る。
真凛は会社帰りに着替えており、胸を強調した服装になっていたため男の視線を独り占めにしていた。
「えへへ、私はもう10人とメアド交換しちゃいました。真さんも良かったらメアド交換しませんか?」
「分かりました」
「あの……私もお願いします。今日はもう他に交換してくれる人が見つかる気がしないので」
「はい、良いですよ」
真は姫香と真凛とメアドを交換する。
「よっしゃあー、獲ったどー」
姫香は今日初めての『収穫』に喜びを表す。
「奏さんは交換しなくて良いんですか?」
「あたしらは姉弟だからもう登録済みだよ」
「あっ、そうでしたね」
「「「「あはははは」」」」
真たちは近くにあった『居酒屋黒杉』まで行き、4人で一緒に飲んでいた。
東京中でこの街コンが賑わう中、その光景を少し遠くのタワーマンションの最上階から2人の男女が眺めていた。
「みんな婚活に明け暮れてるねー。でももう俺らはあんな風に色んな飲食店を右往左往する必要はなくなる。そうだろ? 菫ちゃん」
ここは他でもない八王子和成の家である。
彼はしばらくの間、菫を自宅に住まわせ慣れさせようとしていた。
菫は警戒心をずっと解かないまま彼と距離を置き、共に東京の街並みを眺めている。
「……いつになったら私のスマホを返してくれるんですか?」
菫が目線を変えないまま取られたままのスマホを返すようほのめかす。
「結婚式の最後にこの婚姻届けにお互いに判を押して、それを結婚式場に招待している役所の人に渡すまでは辛抱してもらう。もうあの男の事は諦めろ」
「彼には絶対に手を出さないでください」
「ああ、良いとも。無事に結婚の手続きが済んだら返してやるよ」
「どうしてそんなに結婚を急ぐんですか?」
「俺には時間がないんだよ。八王子家は世継ぎが俺しかいない。だから一刻も早く親戚たちを安心させるためにも、できるだけ若くて美しい女を嫁に貰い、うちの世継ぎを産んでもらう必要があるんだよ。八王子グループ社長の椅子を狙っている奴は山のようにいる。もし後々他の人が社長になっちゃったら、八王子家は他の家との派閥争いに負けてしまう。そこで菫ちゃん、君が俺の嫁に選ばれたんだよ。もうお金に困るような生活はしなくて済むのだから光栄に思え」
八王子グループにはいくつもの『派閥』があり、八王子家は他の家の派閥と誰が最初に結婚して世継ぎを産むかの競争をしていた。
彼女はその美貌故、生け贄に選ばれてしまったのだ。
「ふざけないでくださいっ!」
菫が悲しくも力強い声で、和成の主張を一蹴する。
「あん? 何か言ったか?」
「そんな強引な方法で結婚をするような人が、人の上に立つ立場の人間が務まると思ってるんですか? そんな人はいずれ人々から見放されます」
「俺は八王子家の人間としての責務を果たしてるだけだ」
和成は菫に近づき両肩を掴むと、彼女の唇を奪おうとする。
「やっ、やめてくださいっ!」
菫は力を振り絞って彼を押して遠ざける。
「これから夫婦になる相手にそんな事して良いのかなー?」
「まっ、まだ結婚してません。まだ他人なんです。行動を慎んでください」
和成は菫の全身を上から下まで見る。体が震え怯えている彼女に対して和成は興奮を隠しきれない。
菫は涙をこらえながら必死にこの拷問のような時間に耐え続けるのだった。
街コン回です。
菫回でもあります。