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第26話「それぞれの思惑」

 午後5時過ぎ、夕方を迎えると、真は奏の会社のオフィスビルの前に辿り着く。


 そこにオフィスビルのロビーから出てきた奏たち3人が合流する。


 奏たちや周囲の通行人はいかにも会社帰りの服装であり、真は水色を基調としたカジュアルな私服姿であるが、真はこの光景に場違い感を覚える。


 オフィスビルばかりの東京都内は、就職とは縁のない真にとってはまるで別世界のように見えている。


「悪いな、ちょっと遅れちまった」

「僕も今来たところだから大丈夫だよ」

「もしかして、この人が真さんですか?」

「ああ、八武崎真。5歳下の弟だ。仲良くしてやってくれ」

「八武崎真です。姉さんの同僚ですか?」

「はい。私は大島姫香です。姫香って呼んでください」

「私は多摩真凛です。真凛って呼んでください」


 真はすぐに真凛の胸に目がいく。しかしすぐに目を逸らす。


「真さんって普段はどんな仕事をしてるんですか?」


 真凛が早速真に探りを入れる。


 まあそういう流れになっちゃうよね。この手の質問は苦手だなー。


 真がされて困る質問の第1位が、どんな仕事をしているかという質問である。


 真の仕事は世にあまり認知されていない仕事であるため、聞かれる度に複雑な説明をしなければならず、自営業と答えようものなら、店を経営しているのかと聞かれるのだが、今度はこれを否定しなければならないために辛いのだ。


「――えっと、『ネットビジネス』をやってます」

「ネットビジネスという事は通信販売とかですか?」

「いえ、記事とか動画とかを作ってそれを投稿する事で収益を上げてるんですよ」

「あー、それ知ってます。広告収入とかですよね?」

「はい。普段はそれで稼いでるんですけど、普段は家でパソコンと向かい合ってばかりなので、いわゆる引きこもりだったんですよね」


 良かったぁー、知ってる人がいてー。


 真凛は真よりも年下という事もあり、現代のツールには敏感な方である。


「でもその仕事って不安定じゃないんですか?」

「はい、不安定ではありますけど、やっぱ信用ないですよね?」

「私は全然ありだと思いますよ。今はネットのおかげで『在宅勤務』とかも増えてますもんね。私も在宅勤務したいです」

「私はちゃんと就職した方が良いと思いますよ」


 姫香が水を差すように疑問を呈する。姫香や奏の世代はまだ終身雇用があった頃の生まれであるためか、就職しない人とつき合う事に対しては抵抗が強いのだ。


「元々は親に言われて就職活動をしていたんですけど、僕は自分を押し殺して周りに合わせるのが物凄く苦痛なので、集団で何かをやるような仕事とか作業とかが全然向いてなくて、学校でもそれで怒られてばかりだったんです。それで就職せずに生きる道を選んだんですけど、最初は大変でしたよ。月収が1000円いかない時とか平気でありましたから。えへへ」


 真が両手の人差し指同士をツンツン突きながら恥ずかしそうに下を向いて話す。


「それで後悔した事はないんですか?」

「後悔はないですね。多分就職した方が後悔してたと思います。自営業をやってる人って、みんなそういう信念が人一倍強い人ばかりなのかなって思います。どちらが良いとかじゃなくて、自分に合った生き方を選べればそれで良いと思いますし、今は学習も仕事もネットで完結するので、学校も会社も要らないのかなって思ってます」


 姫香はこの言葉に気分を害したのか、表情に陰りが出始める。


 彼女は親から良い学校へ行き、良い会社に就職し、真っ当に過ごすのがまともな人の一生であると親から教わっているため、真の価値観を受け入れる事ができない。


 真の言葉は文字通り、今までの学歴や就職に対する信仰を真っ向から否定するものだったのだ。


「……」

「姫香、どうした?」

「いえ、何でもありません」

「まあまあ、真さんには真さんの生き方があるんですよ。ねっ?」


 真凛が真の左腕に抱き着く。彼女のダブルメロンの柔らかさが直に伝わる。


「そ、そうですね」

「私にはそんな生き方は無理です。だって就職というものがなかったら、どう生きれば良いか全く分かりませんから、私はやっぱ就職して、安定して稼いでいる人と結婚したいです」

「あっ、そういう人なら知り合いにいますよ」

「本当ですかっ!?」


 姫香が真に急接近し両手で彼の両肩を掴む。


「ほっ、本当ですっ!」

「あんたらさっさと真から離れろよ。困ってるだろ」

「「は~い」」


 真たちは街コンの受付があるブースまで歩く。


 そこには3つのテントが連なっており、そこで街コンの受付が行われている。係員の人が何人か座っており、それなりの行列ができていた。


「あそこが受付みたいですね」

「そういえば、真凛はこの街コンに予約してるのか?」

「はい、昨日の内に予約してました。今日でもう5日間も婚活イベントに行ってませんから」


 真たちは最終登録を済ませると、ヒモのついた参加者専用カードを首からさげる。


 参加者であるかどうかを分かりやすくするためである。


 この街コンには東京都内にある約50店舗の飲食店が登録しており、その登録店舗であれば参加者のみ食べ飲み放題である。


 参加費は1人5000円、この日の参加者は男女合わせて3000人を超えていた。


 店側としては利益度外視のイベントではあるが、この街コンを機会を通して店を覚えてもらい、願わくば常連化してもらう事を狙っている店も多い。


 東京で行われているため、通称は『東京コンパ』、略して『東コン』である。


 仕事が忙しい人が多いのか、街コンくらいにしか参加できない人もいる。


 登録店舗の中には居酒屋黒杉もあり、黒杉財閥自身の儲けのためではないかとする説があったのはそのためである。


 真は全員が登録を済ませるまでの間、菫の事を心配する。


 何でお見合いをしてからすぐに結婚式なんだろう?


 一度スミちゃんに会って事情を知りたいところだけど、今は街コンで婚活法が始まった理由を1人でも多くの人から聞き出さないと。


 真はカップリングのためではなく、婚活法の真相を掴み、それを京子に報告するために婚活イベントへ参加するようになっていった。


 しかし奏は願わくばカップリングを狙っており、姫香も真凛も理想の相手を探しつつ、基本的には遊びで参加という姿勢を崩さない。


 それぞれの思惑が交錯する中、東コンが幕を開けようとしていた。

真と奏の合流回です。

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