第23話「隠された声なき声」
奏が真と目を合わせる。真はどこか怯えている様子だ。
2人きりの時に一体何があったんだ?
そんな疑問が奏の脳裏をよぎる。
「真、彼女に何か言われたのか?」
「何かって?」
「とてもカップリングを喜んでる人の顔じゃなかったぞ」
「……」
「何かあったんなら言ってみろ。相談くらい乗るぞ」
「姉さんには関係ないよ」
真は冷たい表情でそう言うと、逃げるように2階へ行く――。
「おい、ちょっと待てよ! ったくどうしちまったんだよ!」
奏がテーブルの上にある食事を片付けようとする。
「ん? 何だこれ?」
彼女は真がいたテーブルに置かれている1枚のメモを見つけて読む。
「!」
メモにはこう書かれていた。
『僕は今、京子さんに脅されてる。要求に応じなかったら家族全員が無職に追いやられる。しかもこの事を他の人にも話しちゃいけない。だから何も知らないふりをしてほしい。それとこのメモを読んだらすぐに処分してね』
奏は予想もしなかった事態を痛感し、怖気が走っている。
彼女はメモを持ったまま2階へと向かう――。
「真、これは一体どういう事なんだ?」
奏が手に持っているメモを真に突きつける。
「姉さん、こっちはこっちで何とかするから、今は何も知らないふりをして。姉さんにまで迷惑はかけられないから。それに僕は何も言ってない。良いね?」
「――分かった。でもあんたが無理してると判断したら、あたしは全力であんたを止める。真があたしたちに迷惑をかけたくないように、あたしだって真に迷惑はかけたくないんだよ」
「……」
奏はそう言いながら回転椅子に座っている真を後ろからそっと抱き締める。
「それよりさ、今は僕の事よりもスミちゃんの方が心配だよ」
「あんたはいつも他人本意だな。スミちゃんの家に行ったんだろ?」
「行ったけど門前払いされたよ」
「何か言われたか?」
「お引き取りくださいとかかな?」
「他には何も言われなかったか?」
「他は――」
真は長月家まで行った時の事を思い出す。
「僕に会いたくない。あとはメールを『隅から隅まで』読んでくれって――」
「真、スミちゃんからのメールはまだあるか?」
「一応あるけど」
「見せてくれ」
奏は真のスマホを借りると菫からのメールを見る。
「これがスミちゃんからのメールか。これが本音じゃないって事くらい分かるよな」
「うん。デートの約束までしたくらいなのに、明らかに不自然だよ」
「あんたは忠告通り、隅から隅までちゃんと読んだのか?」
「えっ?」
奏がスクロールバーを下の方に下げる。
「!」
「やっぱりな」
スクロールバーを1番下にまで下げると、そこには隠されたメッセージが書かれていた。
『約束覚えてるよね? 今度の木曜日、王子ホテルで待ってるから』
菫は和成にばれないよう、助けを求めていたのだ。奇しくもその日は真と菫がデートの約束をした日だった。真も奏も菫の本音にようやく気づく。
「『王子ホテル』って確か今、結婚式場で有名なところだよな?」
「!」
「どうした?」
真は今までの菫の言動を思い返す――彼女はドラ息子の件で悩んでいた。
そして今日は菫のお見合いの日である事までを思い出す。
「そうかっ! そういう事だったんだっ!」
「おい、1人で納得すんなよ。あたしにも説明してくれ」
「姉さんは株式会社マリッジワールドは知ってる?」
「知ってるも何も、マリブラを運営してる会社だ。それくらい知ってる」
「スミちゃんはその会社社長のドラ息子に追っかけまわされてたんだよ。スミちゃんのお父さんは今日お見合いをするって言ってた。そしてこの王子ホテルで待ってるというメッセージ。間違いない、スミちゃんの今日のお見合い相手はあのドラ息子だよ」
「でもスミちゃんは嫌がってるんだろ? だったら何で?」
「脅されてるんだよ。僕が今日脅されたように。それなら説明がつく」
「権力者って奴はロクな事しねえな」
午後6時、いつものように奏が夕食を作り真を呼ぶ。
机には米、味噌汁、奈良漬け、卵焼き、黒豚の角煮、ひじき豆が2食分ある。
「うわぁ、角煮だー」
「真は昔っから角煮好きだろ? 今度これを定食セットの新メニューとして会社に提出しようと思ってるんだ」
「さすが姉さんだね」
真は奈良漬けと米を交互に食べ、緑茶を飲んでから『黒豚の角煮』を食べる。
「うん、美味しい」
「この甘辛さと肉の旨味、あぁ~、生きてて良かったぁ~」
「大袈裟だなー。それよりスミちゃんの件、どうするんだ?」
「どうするって?」
「王子ホテルで待ってるって言ってたけど、行くのか?」
「行ったところで、僕は招待券を貰ってないんだよ。また門前払いされるのがオチだよ。それにもうお見合いも終わっただろうし」
さっきまで笑みを浮かべていた奏の目つきが変わる。
「真、今のご時世で王子ホテルっていうのは、結婚式を挙げるって意味だ。このままだと、スミちゃんがそのドラ息子と結婚しちゃうんじゃないか?」
「……」
「真はスミちゃんの事どう思ってるんだ?」
「どうって言われても、仲の良い幼馴染?」
「何でそこ疑問文なんだよ?」
「えへへ――でも行ってどうすんの?」
「スミちゃんが真に結婚式の日にちと場所を教えるって事がどういう事か分かるか?」
「うーん、一緒に祝ってほしいって事じゃないのは分かるけど――」
「よく考える事だな」
奏はそう言い残すと、食べ終わった食事が乗っている盆をキッチンへ持っていく。
真は食事を済ませた後で2階へと戻るのだった。
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