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第20話「秘めたる想い」

 午後12時過ぎ、営業部が少し遅めの昼休みを迎えると、同僚たちがみんな束の間自由になり外まで飯を食べに行く。


 樹は1人部署に残り、奏と一緒に飲みに行った事を思い出す。


 1日前――。


 午後5時を過ぎた頃、昼休み後の外回りを終え、電車に乗ろうと駅まで辿り着いた樹はそこで奏とばったり会う。


「ん? 樹じゃん! こんなところで会うなんて偶然だなー」

「おっ、奏も仕事終わりか。今日は珍しく早く終わったよ」


 両方ともスーツ姿で会った事もあり、どこか親近感が湧いているようだった。


「そうなのか? 私はいつも通りだけど」

「うっ……随分とホワイトな部署なんだな」

「最近は『働き方改革』とかで違法残業が取り締まられてるからな。でも定時に帰れてるのはあたしくらいだ」

「羨ましいよ。こっちはいくら営業しても相手がすでに購入しちまってるからな」

「じゃあ久しぶりに飲みに行くか?」

「それは良いけどよ、真は良いのか?」

「真なら大丈夫だ」


 奏はそう言うとスマホを取り出して真に少し遅れるというメールを送る。しかし返信は全くなく、彼女は違和感を持っていた。


 奏と樹は『居酒屋黒杉』の看板を目撃する。黒を基調とした木造の店であり、外から中の様子を窺う事ができる。


「――あそこにするか」

「俺たちを苦しめてる奴らの店なんか行くのか?」

「今まで一度も行った事ないし、別に良いじゃん」

「やれやれ」


 樹は黒杉財閥が気に入らないのかあまり気が進まなかったが、奏に押し切られそのまま店に入る。店内にはあまり人がいなかった。


 引き戸を開ける音が新たな客の来店を店内に伝える。


「いらっしゃい! あっ、どうぞ。好きな席に座ってください」


 そこの店長らしき人が気さくにカウンター席まで案内する。すぐに水とおしぼりが置かれ、奏は近くにあるメニューを見る。


「――串焼きの盛り合わせ10本とオレンジブロッサムで」

「チーズつくねとチーズベーコンとチーズのもも肉とジントニックで」

「はい、少々お待ちください」


 しばらくすると注文の品がまとめて送られてくる。


「これで全部ですかね?」

「はい」

「最近はお客さんが減っていたから感謝ですよ」

「減ってるんですか?」

「ええ、婚活法が始まってからねー、若いもんはみんな黒杉財閥を忌み嫌うようになって、せめてもの抵抗なのか、うちに全く来なくなってたんですよ」


 そこの店長が他の客が注文した品を調理をしながら愚痴をこぼす。奏たちは愚痴を聞きながら注文の品を食べる。


「関連するものを全部嫌っちゃうやつですよねー。そういう人いますよねー」


 奏が()()()()()()()を思い出しながら樹の横顔を見る。樹はすぐ反応し奏の方を見る。


「な、何だよ?」

「何でもない」


 奏が謎のドヤ顔を決めると、そのままオレンジブロッサムを飲む。


 彼女は酒に弱いのかすぐに酔っぱらってしまう。樹は比較的酒には強い方であるためか、奏よりかは冷静でいられた。


 店に入ってから1時間が過ぎる。


「あたしはさぁ~、本当は真に自立してほしいんだよぉ~! でもさぁ~、なかなかそうはいかないんだよぉ~」

「奏、飲みすぎだぞ」

「真はあたしが結婚できなかったのを自分のせいだと思ってぇ――ずっと自分を責め続けててぇ……」


 奏は顔がすっかり赤くなり、普段は口にしない弱音を吐く。


 樹はそんな想いを内に秘めていたのかと思いながら奏の苦労話を聞き続ける。彼女は頭を横向けにして机に顔を密着させ涙目になる。


「そりゃ確かに真が理由で断られたのは事実だけどぉ、それは真のせいじゃない! 真も含めてあたしを受け入れてくれる人がいなかっただけなのぉ~。うっ、ううっ!」

「……」


 奏は弟ブロックで結婚ができなかったのを悔いていた。しかし真のせいにはしなかった。彼のせいにすれば、今までずっと面倒を見てきた自分を否定する事になるような気がしたのだ。


 樹は奏に同情し、哀れな姿の彼女をまともに見る事ができなかった。


 しばらく愚痴を聞いたところで樹が口を開く。


「そんなに結婚できなかった事を悔いてるならさ、今からでもやり直せば良いだろ」

「……!」

「真だってさ、好きな相手が見つかれば変わるかもしれないし、今が無理だからって未来永劫そのままってわけじゃないだろ」

「……そうだな……過去はもう変えられない……でも……未来は変えられる……か」

「あっ、もうこんな時間か。奏、帰るぞ」


 奏は疲れと酒の影響からカウンター席で寝ようとしていたが、時計に気づいた樹に起こされる。


「あと5分――」

「このままだと、真が飢え死にしてしまうぞ」

「!」


 樹が奏の耳元でそう囁くと奏は目を大きく見開きハッと我に返る。実に分かりやすい性格だと愛想笑いをする樹であったが、奏もまた真に依存している事に気づく。


 2人は勘定を済ませて店を出る。


 奏は酔いを醒ましてから家へ帰宅するのだった――。


「立花、おい、立花っ!」

「ん? なっ、何だよ!?」

「さっきからずっと呼んでるってのに、ずっと上の空だったぞ!」

「あー、悪いな。ちょっと考え事してたんだよ」

「立花って時々ボーッとするとこあるよなー」

「ほっとけ」


 樹は忠典に誘われ、その後ろにいる青山と3人で昼飯へと出かけるのだった。

第1章終了です。

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