第18話「偽りのメッセージ」
菫は真に助けを求めようと和成に怯えたままその場から動けない。
和成は舐めまわすように菫のモデルのような全身を見つめる。
「俺は最初に君に出会った時、必ず君を手に入れると決めた。だからこうやって会いに来てやったってのに冷たいなー。あ、そうだ。その彼氏にもう二度と会わないってメールを送れよ」
「ええっ!?」
「断ったら君の両親は2人共クビだ。なーに、理由はいくらでも用意できる。うちは婚活法が施行されてからはずっと人員過剰だから、2人いなくなったところでどうって事ない。うちはとにかく人が必要だったから資格も年齢も問われない。そのおかげで就職できたばっかりなのにねー」
「なっ、何でそれをっ――」
「理由なんてどうでも良いだろ。さあ、早く。この事は他言無用だぞ。送ったメールの内容もちゃんと確認させてもらうから、そのつもりで。お見合いが終わったらスマホを返してやるよ」
「は……はい……」
菫は和成に言われるがままメールを打つ。
マコ君……お願い、気づいてっ!
「あっ、スミちゃんからだ。デートの日程でも決まったのかなー?」
真は菫からのメールを見る。
「!」
真はメールの内容に驚愕する。まるで恐ろしいものでも見たかのように。
『悪いけど、もうマコ君とは二度と会わない。理由は聞かないで。返信しても無駄だから、もう私の事は放っておいてほしい。さようなら』
真はすぐに菫の家へと向かう。
真は走り続けた。真は何度か連絡帳を届けるために菫の家へ行った事がある。その時の記憶を頼りに電車に乗り、少し遠くの街まで行く。
「えっと、確かこの変だったはず。あっ、あった」
真は『長月』と書かれた表札を見つける。
真は緊張しながらも深呼吸を済ませ、震える人差し指でインターホンを押す。
この時はもう午後5時を過ぎていた。
しばらくの沈黙の後で菫の父親が出てくる。
「はい、どちら様でしょうか?」
「えっと、八武崎真と言います。一応菫さんの彼氏です。菫さんはいますか?」
「あなたが彼氏でしたか……菫ならいますが、何の御用ですか?」
「――本人から呼ばれたので、菫さんに僕の名前を言っていただければ分かると思います」
真は嘘を吐いて菫に取り次いでもらおうとする。
「分かりました。少し待っててください」
しばらくしてまた菫の父親が出てくる。
「申し訳ありませんが、今日のところはお引き取りください。菫はメールを『隅から隅まで』ちゃんと読むように言っています。それからあなたに会いたくないとも。本当に呼ばれたんですか?」
「……デートの約束までしたんです。なのに会いたくないなんておかしいですよ」
「大変申し上げにくいのですが、菫は明日お見合いをして相手の両親とも顔を合わせる事になっているんです。それと、あなたとはもう別れたと言っておりますが」
「!」
真は全身の力が抜けたかのようにその場に足を崩してしまう。
菫が結婚? 嘘だ。あんなに嫌がってたのに!
あれっ? 彼氏のふりをしていただけのはずなのに……何でこんなに辛いんだろう。
真の目からは涙が出ていた。真は失意の中、長月家を後にし自宅へ戻る。まるで魂が抜けたかのような表情を崩さないまま――。
午後8時、奏が帰宅するといつものように真の部屋へと戻る。
そこにはずっと上の空になった顔の真が天井を眺めながらベッドに横たわっている。
「真? 一体どうした?」
「……何でもないよ」
「何でもない時にその表情はおかしいよなー。あっ、分かった。スミちゃんの事でしょー」
「……姉さん、仲が良かった相手を急に突き放す女の人ってどういう心境か分かる?」
「うーん、そうだなー。その相手に飽きたか、あるいは余程の事情があったとか」
「余程の事情!?」
「あたしが思いつくのはこんなとこだな。じゃあ夕食作ったら呼ぶから、イヤホン外しとけよ」
「うん、分かった」
真は落ち込んだままの表情を崩さない。
奏はそれが心配になりつつも1階へと戻り夕食の支度をする。
午後9時、奏が夕食を作り真を呼ぶ。奏は外で食べてきたのか彼女の分はない。
普段通りキッチンの近くにある椅子に座る。
うな重、味噌汁、野菜の漬物、高野豆腐、カボチャを煮たもの、ほうれん草のゴマ和えと言ったメニューだ。
「真、私で良かったら言ってみ。相談くらいなら乗るからさ」
「スミちゃんに振られちゃった」
「――あんなに仲良かったのに、何でだ?」
「僕にも分からない」
「あたしはスミちゃんが何の理由もなく急に別れ話をしてくるような人には見えないけどな。何か言えない事情があるとしか言いようがないな」
言えない事情……そういえば、スミちゃんのお父さんが近い内にスミちゃんとお見合い相手が結婚するって言ってたけど、何でそんなに急ぐ必要があるんだ?
午後10時、真は何も分からぬまま就寝する。
慣れない外へ出た事で体力を消耗していたのか、菫から突然別れのメールが届いたのか、真は心身ともに疲れ果てていた。この日は珍しく記事も動画も手につかなかった。
翌朝、真たちの両親が家へ上がってくる。
そう、この日はあの黒杉財閥の令嬢とのお見合いなのだ。奇しくも菫のお見合いの日でもあった。真はなかなか眠気が冷めない。
午前11時、両親は真に立派な一張羅を着せる。
両親がこの日のために真に用意しておいたものだ。かなり値が張った品である事から両親のこの日に対する想いが窺える。
真に早く結婚してほしいという願望も込められていた。
「あのさ、何でうちの家に決まったの?」
「一度相手の家がどんなものか見ておきたいっていう相手側の要望で決まったんだよ。何せ相手は黒杉財閥だから、無理とは言えなかったよ」
「ところで、京子さんのプロフィールカードは見たの?」
「あっ、見てなかった」
「お前なー、これからお見合いする相手のプロフィールカードも見ないでお見合いをするつもりだったのか?」
「忘れてたんだよ」
「真は別の人に興味があるんだよ」
「おいおい、そんな事が京子さんの耳にでも入ってみろ。俺たち全員路頭に迷うんだからな」
豊は真の軽率さを咎めるように注意する。
心ここにあらずの真が思いにふけっていると、八武崎家のインターホンが鳴る。時計は12時を少し過ぎていた。
奏が通話機能を使って応対すると、そのまま玄関へと向かうのだった。
少しシリアスな展開となっております。
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