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第15話「手の込んだ偽装」

 しばらくの間、真と菫の間で沈黙が続く。


 真は慎重な性格であるため、色々と確認を取ってから決断をしようと考える。


 しかし菫は予断を許さない状況だ。


 窓の扉が少し空いており、そこから風が入る。真の判断を急かすように花柄の白いカーテンがヒラヒラと大きくなびく。


「――スミちゃん、どのくらいの期間、彼氏のふりをすれば良いのかな?」

「そこのドラ息子が私を諦めるまで……かな」

「スミちゃんほどの美人はそう多くいないから、しばらくはずっと彼氏のふりをする事になりそうだね」

「び、美人?」


 菫は赤面しながら真が言った事を確認する。


「い、いや、そのっ、客観的事実を言っただけだから気にしないで!」


 真も赤面してしまい、冷や汗になりながら誤魔化すように言う。


「……最悪その人と一緒にいる時だけ彼氏のふりをしてくれれば良いから」

「その人のプロフィールカードを見せてもらって良いかな?」

「うん、別に良いけど」


 真は菫のスマホを見る。彼女が婚活アプリを開くとそのドラ息子のプロフィールカードが表示される。


「『株式会社マリッジワールド』の御曹司なんだ」

「うん、だから困ってるの」

「で、その株式会社マリッジワールドって――何?」

「えっ、それ知らないで頷いてたの?」

「う、うん。外の事はあんまりよく知らないから」

「はぁ~、先が思いやられる」


 菫は一通り事情を説明する。


 株式会社マリッジワールドは日本で唯一の『政府指定婚活運営会社』である。婚活サイトのマリッジブライドを運営する会社でもあり。婚活にまつわるあらゆる事業に関わっている。


 元々はただの大手婚活運営会社だったが、婚活法の施行により巨大企業へと成長する。


 さらには婚活法により、全国中の『婚活運営会社』から『結婚相談所』までを飲み込み傘下とした。


 菫は婚活イベントでそこの社長のドラ息子に一目惚れされてしまい、それからはずっとそのドラ息子につきまとわれているのだ。


 真をこの問題に巻き込んでしまう事を申し訳ないと思いつつも、菫は捨て身のお願いをするしかなかった。


「――分かった。じゃあしばらくは彼氏のふりって事で」

「ありがとう。じゃあ彼氏のふりついでにここに泊まらせてくれない?」

「ええっ! スミちゃんがここに?」

「うん……駄目かな?」


 真は菫の台詞に慌てたような反応をする。


 しかしそれが良いかどうかを問われるとすぐに冷静になる。


「……それは姉さんに聞いてよ。この家は姉さんのものだから」

「ここ奏さんの持ち家なんだ。結構頑張ってるんだね」

「うん、僕が僕でいられるのは姉さんのおかげなんだよね。というか何でうちに泊まりたいの?」

「時々彼氏の家に泊まりに行ってるって言っちゃったから、確実な証拠になるように偽装工作をしておきたいの。それとこの事は2人だけの秘密だから」

「という事は僕と菫以外のみんなに僕らをカップルだと思い込ませれば良いわけだ。じゃあ今から姉さんメールするから、返信が来るまではゆっくりしていってね」

「うん、マコ君に相談して良かった」


 菫はホッと胸を撫で下ろす。


 真の視線はずっと自己主張の激しい菫の胸に集中していたが、もちろん本人は気づいている。


 それを指摘しないのは真の世話になっているからに他ならない。


『スミちゃんがうちに泊まりたいって言ってるんだけど、良いかな?』


 すぐに奏から返信が来る。


『真の部屋に泊めるんなら別に良いけど』


「マジか――」

「どうだったの?」

「僕の部屋に泊まるなら別に良いって?」

「まっ、マコ君の部屋にっ?」

「うん、泊まるのやめとく?」

「それはさすがにまずいから我慢する」


 真はリビングのソファーに、菫はキッチンの近くにある椅子に座る。


 リビングのソファーにも背の低いテーブルがあり、ソファーとは距離が離れている。そのテーブルで食事をする時はソファーから降りて座る。


 テレビを見ながら食べたい時にはここへ座って食べる。


 午後7時を過ぎた頃に奏が帰ってくる。


「あぁ~、疲れたぁ~」

「遅かったねー。もしかしてまた残業?」

「ああ、姫香は仕事をミスるし、真凛はマイペースに仕事を進めるし、おかげで他の人の仕事まで手伝う事になっちまったよ」

「うちの親はもっと遅いですよ。日をまたぐ事もありますし」

「スミちゃんの親って半端ねえんだな。いらっしゃい」

「お世話になります」


 菫が奏にペコリと頭を下げる。


 奏はその時に菫の巨乳が見えてしまい、今度は自分の真っ平らな胸を見る。


「はぁ~」

「奏さん、そんなに疲れてるんですか?」

「ああ、何だかとどめを刺された気分だ」

「あの、マコ君と一緒に寝ても大丈夫なんですか?」

「それはあんたらが自分で考えて決める事だろ。もう立派な大人なんだからそれくらい自分で判断できるだろ」


 奏はそう言いながら3人分の食事を作って一緒にキッチンの近くにある机で一緒に食べる。そして予約で沸いた風呂に1番に入った。


 奏は真の事も菫の事も1人の個人として尊重しているのだ。


「えっと、じゃあ僕、ベッドの隣に布団を敷いてくるからスミちゃんはベッドで寝てよ」

「それはいい。私が布団で寝るから」

「そう……分かった」


 奏が風呂から上がると今度は真が続き、その後で菫が風呂に入り最終的に全員がパジャマ姿になる。菫が真の部屋に入ると、真はブログの記事を書いている。


 真がそれに気づくと、彼女になら話しても良いと思いこれから起こる出来事を菫に伝える事を決意するのだった。

真と菫の回ですが、

しばらくはこの2人のやり取りが続きます。

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