第14話「結婚の危機」
真は奏に抱かれたまま奏が就職した頃を思い出す。
そしてそっと彼女から離れてお互いに目を合わせる。
1階では両親たちがリビングでテレビを見ているが、同時に真たちの事も心配していた。だが親の心子知らずなのか、真たちの頭の中に両親の心配する姿はなかった――。
「何で……嘘を吐いたの?」
「嘘?」
真は疑問を持っていた。いつもは自分に正直な奏が嘘を吐いたからだ。
「姉さんが就職したのは、女だからという理由で下に見られるのが悔しかったからだよね?」
「!」
「結婚しなかったのは仕事や料理研究に没頭して相手を探す余裕がなかったからで、結婚願望自体はずっと持ち続けてたよね?」
「……どこにそんな証拠があるんだよ?」
奏は困った表情になり真から目を逸らす。しかし真は奏の両方のほっぺを両手で掴み、目を逸らさせないようにしようとする。
「ちょっ、何――」
「婚活法が始まったばかりの頃、姉さんは誰よりも先に『カップリング』する気で婚活イベントに参加してたし、婚活法に疑問を持っていながら、むしろその状況を楽しんでた。それは婚活休暇が認められた事で、仕事をしながら結婚相手を探せると思ったからじゃないの?」
「――いつから気づいてたの?」
「分かるよ……だって僕、ずっと姉さんを見てきたから」
「あんたには敵わないな」
奏は自分の想いを真に代弁してもらった事で、少し安心したような笑みを浮かべる。
同時に真に全てを見抜かれていた事を知り、彼女は真の成長を確信する。
ずっとパソコンと睨めっこをしていただけだと思っていたのに、まさかここまでちゃんとあたしの事を見ていてくれてたなんてね。
奏はそんな事を考えながら自分の部屋へと戻るのだった。
両親が帰宅すると、真は3日後のお見合いをどうやって乗り越えるかを考えるが、それ以上に菫の事を気にしていた。真はスマホで菫にメールを送る。
『スミちゃん、調子はどう?』
『うん、良い感じだよ。今度の曲は婚活でなかなかカップリングしない女性をテーマにしてみようと思ってるんだけど、どうかな?』
『うん、良いと思う。スミちゃん、もし良かったら……今度会えないかな?』
『また一緒に婚活イベントに出るって事?』
『それもあるけど、一緒に婚活に参加する仲間として、スミちゃんの事をもっと知っておきたいというか、その……一緒に買い物とかどうかなーなんて』
『……素直にデートしたいって言えば良いのに――良いよ。私もマコ君があれからどれくらい成長したか知りたいし。ただ当分は仕事に集中したいから、来週の木曜日でどうかな?』
『ほんとにっ!? 分かった。木曜日開けとくねっ』
真は返信を終えるとガッツポーズをしながら喜ぶ。
「やった……スミちゃんとデートだっ! ふふっ!」
彼は赤面しながらずっと興奮しており、足で地面を蹴って回転椅子をクルクルと回しながら喜びを露わにする。
気持ち悪くなってくると回転椅子を止め、ようやく冷静になるが笑顔は止まらなかった。
その日は遠足直前の子供のようになかなか眠れなった。
翌日――。
午前11時、ようやく起きた真が1階まで下りると、キッチンの近くにある机には定食が全部蓋をされた状態で置かれている。
真は机のそばにある椅子に座ると黙々と定食を食べ始める。
定食を食べ終わると盆をキッチンに置き、そのまま2階へと戻る。
スマホを見るとメールの通知が来ている。
スミちゃんからか。一体どうしたんだろう。
真はそう思いながらメールを見る。もう八武崎家の前まで来ているとの事。
「はーい」
真は慌てて2階から走り降りると、1階の玄関用の草履を履き開錠して扉を開ける。
「――スミちゃん! どうしたの?」
そこには『童貞を殺す服』を着ている菫が涙目でぽつんと佇んでいる。
涙目で家まで来るという事は緊急を要するものだと真は確信する。
「マコ君……助けて」
「助けてって――どういう事っ!?」
「私、結婚させられそうなのっ!」
「ええっ! とっ、とりあえず中へ入って!」
「うん……」
真は菫をリビングへと案内する。白く清楚なブラウスにふんわりした赤いスカートが彼女のか弱さを一層引き立たせている。
お互いにリビングのソファーに座ると菫がようやく話し始める。
「私、今結婚を迫られてて……しかもその人の親が会社の社長で、うちの親の上司なの」
「もしかして、断ったら親をクビにされるとか」
「うん、それで私、その人に彼氏がいるって『嘘』ついちゃった」
「それ……ばれたらまずいやつじゃない……?」
「ううっ、どうしよう。」
菫は涙を堪えきれず、赤いスカートにポタポタと涙をこぼす。
彼女はようやく仕事が波に乗ってきたところだった。結婚なんてまだ考えられない。その思いが結婚を迫ってくる相手を拒絶するのだ。
真は見ていられなかった。自分の幼馴染で尊敬している相手でもある菫が弱みを自分に晒す姿を。
「マコ君、少しの間で良いから、彼氏のふりをしてくれないかな?」
「ええっ!? 僕がっ!?」
「驚きすぎ。彼氏のふりをするだけだから」
「他の男には頼めないの? スミちゃんモテるから、他の男が放っておかないと思うけど」
真が逃げるように他の男に頼れるかどうかを聞く。菫は涙を拭き取ると覚悟を決めた目になり、しっかりと真を見つめる。
「……こんな事、マコ君にしか頼めないよ。私、『男性恐怖症』だから、ある程度慣れてる人じゃないと無理なの。幼馴染で男の人はマコ君しかいないから」
「……」
真は迷っていた。これからお見合いをする時に彼氏役を買って出ても良いのかと。
しかし、幼馴染のお願いをむげにして良いとも思わなかった。
今回は日常回です。
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