第13話「悪夢のマッチング」
真が回転椅子から立ち上がると、両親の方へ駆け寄る。
両親は深刻な顔をしており、真はすぐに気づく。
この時部屋の時計は3時半を回っていた。
「とりあえずそこのベッドに座って」
真がそう指示すると、両親がそこへ座り真もいつもの回転椅子に座る。
真と奏の父親である八武崎豊、56歳。身長170センチの黒い短髪だが、所々に白髪もあるのが特徴の中年サラリーマンである。
その隣に座っているのが真と奏の母親である八武崎楓、54歳。身長161センチの茶色のショートヘアーが特徴の専業主婦である。
八武崎家は中流層の一般家庭であり、子供は2人共一応独立している。しかし真の生活スタイルが奏依存である事や、収入の不安定な自営業である事に懸念を持っている。
「こんな雨の日にわざわざ会社を休んで来るなんて、どうかしたの?」
「会社よりも今はこっちの方がずっと重要だ。真、お前は黒杉財閥の令嬢とマッチングしたんだ」
「――どういう事?」
「あの財閥一家に逆らったら俺たちとてただでは済まない。一応お見合いはマリッジブライドからの『承認』があれば婚活イベントとして扱われるから、行ってきてくれないか?」
「3日後のお見合いってそういう事だったのっ!?」
「うん、真の対応次第で八武崎家の将来が決まると言っても過言じゃないの。噂ではかなりの男たらしだって聞いてるけど、断ったり無礼な対応をすれば、家族全員が無職にさせられる危険性すらあるから、明日からマナー教室に通ってもらうぞ」
「そんなの聞いてないよっ! ていうか断ってよ!」
「無茶言うな! 相手はあの黒杉財閥だぞ。頼むから言う通りにしてくれ。この通りだ」
真の両親が一斉に頭を下げる。
あれだけプライドが高い両親がこうも容易く頭を下げた事に、真は余程の事態であるとようやく気づく。
「マナー教室には行かないけど、どうにかやり過ごすよ」
「お前黒杉財閥が怖くないのか?」
「別に巨大怪獣の相手をするわけじゃないんだから大丈夫だよ。そもそも何でその人とお見合いする事になったの?」
「黒杉財閥の黒杉京子さんがな、マリッジブライドの『ランダムマッチングお見合い』に参加してるんだ。それで次の相手が真に決まったそうだ。京子さんは以前から何度もお見合いを繰り返しているみたいだけど、なかなかカップリングしないらしくてね」
ランダムマッチングお見合いとは、文字通り未婚者全員のお見合い相手がランダムで決まるというマリッジブライド傘下のアプリであり、婚活イベントに参加したくない場合はこちらを選択する事になる。
その決まった相手のプロフィールカードを見て、お互いに合意があれば日にちと時間を決めて会う事になる。
だが黒杉財閥の人が相手であれば、断る事は一家の破滅を意味するのだ。
世間知らずの真は大胆にも断ろうとするが、豊たちがしつこいために断る事を断念する。
「そうそう、もしカップリングしたら毎日贅沢な暮らしができるんじゃない?」
楓は真と京子の関係の発展に夢を膨らませる――。
ずっと豊のシングルインカムで生活をしてきた楓にとって、不景気による豊の収入低下は悩みの種であった。
そんな豊たちにとって子供が財閥関係者と結婚する事は願ってもない機会だった。
しかし真たちにとっては迷惑でしかない。
この温度差には真もタジタジになるしかなかった。
「財閥の人だったら結婚相手には困らないはずだけど、結婚できてないって事はどこか性格とかに問題があるんじゃないかなー?」
真があからさまに嫌そうな顔で京子とのお見合いに疑問を呈する。
「そんな事本人の前で言っちゃ駄目だよ!」
「言うわけないでしょ。僕だってそれくらいわきまえてるよ」
楓が釘を刺すように言うが、真はもう分かっている様子だ。
「ところで就職はできたのか?」
「いや――就職はまだだよ」
「お前なー、いつまで奏の世話になるつもりなんだ? 奏が結婚してここを出ていったらもうお前1人だけなんだぞ」
「心配しなくてもあたしはここを出ていかないから」
今度は奏がドアの隙間から現れて反論を繰り広げる。
奏はさっきからずっとドアの前で真たちの話を聞いており、真が返答に困ったらいつでも助け舟を出す予定だったのだ。
「お前結婚相手に弟もついてきますって言うつもりか?」
「それで無理って言うような人とつき合っても幸せな結婚生活を歩めるとは思えないし、真を1人にはしておけないだろ」
「はぁ~、呆れた。良いか? お前がずっと奏から自立しなかったせいで奏は20代の内に結婚できなかったんだぞっ!」
「!」
真はこの言葉に恐れおののいたような顔になる。
姉さんが結婚できなかったのは僕のせいなのか?
真はそんな事を考えながら申し訳なさそうに奏を見つめる。
「真は関係ない。結婚せずに生きる道はあたしが自分の意思で選んだんだ」
「あのお見合いの日々を忘れたとは言わせないぞ」
「……」
奏はずっと思い出したくない記憶をこの一声で思い出してしまった。
奏が両親の話題を避けたがる理由は他でもない。真が奏依存であった事が原因で何度かお見合い結婚を逃した事があったのだ。
「とにかく、3日後の真のお見合いは俺たちも同席するからな」
「あたしも行く」
「何で奏まで行くんだっ!?」
「あたしがいないと真が折れちまうからな。少しでも心の支えになってやりたいし、相手が真に合う子かもちゃんと見届けておきたいからな」
「お前がそんなんだから真がお前から自立できないんだぞ」
「あたしの場合は結婚したくなかったから、自立して会社で仕事をするようになったんだ。だから真を責めるのは止めろ!」
「……」
奏は自らを盾にするように真を庇い、豊と楓は呆れて真を部屋を出ると1階のリビングへ戻る。1階からは婚活法のニュースが僅かに聞こえる。
「姉さん、あのさ――」
「真は何も悪くない。だから安心しろ」
奏は真に抱き着き安心させようとする。
しかし真の顔色は変わらぬままだった。
両親回です。
婚活イベントはしばらくなしです。
八武崎豊(CV:中田譲治)
八武崎楓(CV:井上喜久子)