せわしい街
5階建てのビルの5階、小さなオフィスでパソコンに向かいキーボードを打ち鳴らしている同僚をちらりと見る。
今日も元気だなあと思いながら何となく目前のパソコン画面を眺めていた。
(仕事なんて毎日真面目にやってらんないよ)
やる気などとうの昔に無くしてしまったシノブは昼休みになるまでの時間が待ち遠しくて仕方がなかった。
昼休みになると同時にシノブはそそくさとオフィスを抜け出し屋上へ続く短い階段をそっと上り鍵が壊れたままの扉を静かに開けて外へ出る。
ビルの屋上に人気はなかった。
落下防止用の柵が錆び付いて所々ぐらぐら揺れて危険だという理由で立ち入り禁止になっているためだ。
ずさんなビル管理に感謝しつつシノブは柵へ近付き比較的錆の少ない箇所を背もたれにして座り込み煙草に火をつけた。
ふう、と息を吐く。
息と共に吐いた煙越しに空を仰いだ。
暖かいなあ。ぽつりと呟く。
2月。空気は冷たいが日差しはこの時期にしては強く、風はない。
5分ほど経っただろうか。
そろそろ昼食でも、と思ったが手元には煙草しかない。
(しまった、下に忘れてきた)
出社前に道路を挟んだビルの向かいにあるコンビニで購入したおにぎりとお茶を思いながらシノブは深いため息をついた。
気だるげに立ち上がり軽く柵に手を掛け下を見ると毎日立ち寄るコンビニが見えた。
屋上へは毎日来ているがこうして街を眺めるのは初めてだった。
特に興味もない街並みを見下ろす。
車や人間が忙しなく動き回っている。
何をそんなに焦っているんだ?
そんなに働いて働いて働いた先に何があるんだ?
働く意味って?
そこまで考えてシノブは、ふと、我に返った。
何考えてるんだ。
言いながらくすりと笑った。
自分らしくもない。
柵から手を離し背を向けた。
(適当に働いて金を稼いで食べて寝るのが自分らしいよ)
ははは、と声を出して笑った。
何がおかしいのかは解らないが何故か笑いが込み上げてきた。
立ったまま柵にもたれ掛かり、煙草に火をつけた。
段々と空が広くなっていった。
鞄の中に眠っているおにぎりが新発売の商品だったことを思い出した。
同僚が自分の代わりに食べてくれたらいいな、と思った。
空は雑踏に掻き消され、見慣れたコンビニが近づいてきた。
夕食は何を食べようか。
そろそろコンビニ飯も飽きてきたけど。
街路樹が眼前を掠め、やがて毎日踏んでいる灰色の地面に押しつぶされた。
ああ、もう目の前なのに。
お腹すいたなあ。
人の脚が薄ぼんやりと、沢山見えた。
遠くで誰かが呼んでいる気がしたが眠気に耐えきれず目を閉じた。
ああ、明日も仕事かあ。
寝たらすぐ朝だよなあ。
寝たくないなあ。
シノブは永い眠りに落ちた。
―――
おわり。