犬マユゲ
「ただいまー」
俺は家に帰ると高校の通学バッグをリビング投げ捨て、冷蔵庫に向かう。
自転車通学でカラカラに乾いた喉を潤すため麦茶をがぶ飲みする。
「ぷはぁ」
生き返る!
「ん?」
麦茶を飲み干したところで気配を感じて庭を見ると、ポンズがこっちをじっと見ている。
ポンズとはウチの飼い犬。いつも姉ちゃんがエサを世話してるんだけど、そういえば姉ちゃん今日は部活の用事で遅いって言ってたっけ。
リビングのガラス戸を開け庭を覗くと、腹ペコなのかカラの皿を前に期待に満ちた目でこっちを見ている。
「しょーがない。たまには俺がやるか」
キッチンを漁って見つけたドッグフードを皿に盛って差し出す。待ってましたと言わんばかりに食らい付くポンズ。
「食え食え」
ポンズは姉が昔拾ってきた。俺は覚えてないけど、さんざん親とケンカしてようやく飼うことを認めてもらったらしい。
それからポンズの世話は姉ちゃんが責任を持ってやってる。姉ちゃんに用事があるときには俺や親も手伝っているが、それ以外は姉ちゃんが面倒を見ている。一緒にいるのがとにかく楽しいらしい。ポンズという名前も姉ちゃんが大好きなポン酢から名づけたくらいだ。
タレ目なポンズはオスで体もそれなりに大きいくせして気が弱い。たまに一緒に散歩にいくと、ギャンギャン吠えるチワワに本気でビビる程。
姉曰く、そこがまた可愛いらしい。
「でもなあ」
ポンズの顔を見る。食事に満足して油断しているのか、タレ目の顔がさらに情けない。
「そうだ!」
「こんなもんかな…うん」
俺は一応家に姉がいないことを確認してから、ポンズにマユゲを描いてやった。それもゴルゴばりの立派なマユゲを。もちろんすぐ消せるように水性のフェルトペンで。。
「なんか、想像してたよりかっこいいな」
まだ右マユしか描いてないが、殺し屋風の顔つきになったポンズはじっと俺を見る。タレ目がウソのように凛々しく見える。
安心しろ、ちゃんと左マユも描いてやるから。
「真治。帰ってる?」
と、庭の向こうの道路側からウチの母親の声。
「帰ってるよ、何?」
「荷物持つの手伝って欲しいの。とりあえず玄関開けて。アイス溶けちゃう」
「はいよ!」
直ぐに戻って左マユを描いて、写メとったら速攻でマユゲ消そう。
姉ちゃんにバレたら恐ろしい。
▼
「真治!!」
部屋で寛いでいると、姉がもの凄い勢いで部屋のドアを開けた入ってきた。鬼のようなその怒りの表情を見て、瞬間的に片マユのポンズの顔が浮かぶ。
やべー!忘れてた!絶対ポンズのことだ!やばいやばいやばい!
「ポンズにイタズラしたでしょ!」
「うわぁ、ごめん!すぐ消すつもりだったんだよ」
「でも消えてなかったなー、不思議だね」
「そ、そうですね」
「フザケンナ!」
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次の日の朝、俺はケツの痛みでいつもより早く目が覚めた。
結局あの後にカラーバットで仰向けで寝れなくなるくらいケツバットされ、ようやく許してもらった。その後も俺が食べるはずだったミスドのドーナツも全て強奪されたけど。
「ふぁ…まだケツいてえ」
欠伸をしながらリビングへ降りる。まだ朝五時、テレビの音も聞こえてこないし、誰かが起きている気配はない。珍しく俺が一番乗りだ。
静まり返ったリビングに到着。だがすぐに庭の方からチャリチャリと鎖がこすれる音が聞こえてくる。
「お…」
庭を見ると既にポンズが犬小屋の周りをグルグル周っていた。
散歩に連れて行ってほしい!と、バウリンガルがなくても分かる。
「元気だなお前は…」
俺は一度部屋に戻って上着を羽織り、ポンズと散歩に行こうと庭に出る。
と、今日のポンズはやけにかっこいい。殺し屋風だ。近寄ってよく見ると、俺が描いた右マユだけでなく、左マユも描き足されていた。
「おお…よく描けてる」
って、姉ちゃんが描いたのかこれ?人のことをあんなにケツバットしといて…。
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「おかえり、散歩連れてってくれたんだ」
「ただいま。姉ちゃん…人のことあんだけケツバットしといて自分だって描いてるじゃん」
俺からの非難にさすがに悪いと思ったのか、ちょっとしおらしく返事する姉ちゃん。
「ああ…ゴメン。何かかわいかったから」
「ほら、マユゲいいじゃん」
「でももう消してあげないとね」
「そうだね。散歩させるとさすがに恥ずかしいかも」
残念だけど、殺し屋風ポンズとも今日でお別れか。さすがにマユゲ犬を散歩させるのは勇気がいるしな。
ん?
「姉ちゃん、マユゲ何で書いた?」
「え?マッキーで」
「ちょっと、それ油性!」
「あ…あ!」
すまんポンズ…しばらく殺し屋風でいてくれ。