騎士の宣誓の儀
「卿!アルフォート卿は居られるか!?」
都の片隅にある安酒場の扉を壊さんばかりにガスラークが入って来た。
「うっせーな!こちとら、酒盛りしてる最中だぞ!討伐されたいのか、頑固ブリン!」
「誰が頑固ブリンであるか!」
テメェだよとアルフォートは睨むが直ぐにガスラークの血でドロドロのサーコートを眼にして眉間に皺を寄せた。
「お前、とうとう本能に負けたのか。で?誰を殺っちまったんだ?」
「殺ってない!殺ってないである!吾輩は潔白である!」
「はぁ?血で真っ黒じゃねぇか!白さなんざ、残ってねぇぞ!」
「その白さでは無いのである!」
「うるせい!元従騎士のよしみだ、そこに直れ!介錯してやる!」
「スプーンで介錯なぞ、出来るか!!」
「ああん!やってみねぇとわからんだろうが!」
「ヤレルものならヤッテみるが良いである!」
「お二人共、そこまでです!」
二人の会話にシュミョンが割って入って来た。
「アルフォート卿。サーコートの血は単に狩りの後のガンドルフが卿にじゃれ付いたときに汚れてしまったのです」
「何だ。そんな事かよ。早く訳を言えってんだ」
「訳を聞く気も無かったでありましょう!」
また口喧嘩を始めようとする二人にシュミョンは止めようと口を開いたときに酒場に暁の牙の面々も入って来た。
「えっ!?あの人はバルバロス元帥じゃないか!おい、ガストン!マジもんの元帥だぞ!」
「本当だ!なんてこった!どうするよ!?誰か紙いや、布でも良いから持ってないか!?あと、インク!」
「そうだな!サインだ、サイン!一筆書いて貰わねぇと!」
興奮した様子で暁の牙の男子二人は熱い視線をアルフォートに向ける。
「え〜、あの人がバルバロス元帥閣下なの?何だか、イメージと違うわね」
「···デカいおじいちゃんだ〜」
対して、残りの女子二人はそこまで興奮する事もなくアルフォートを見詰める。
「あ?何だ、お前ら?」
「俺達、冒険者パーティーの暁の牙って言います!俺はリーダーのアークです!」
「俺はガストンです!アルフォート閣下、握手良いですか!?」
「ズルいぞ!俺も、俺も!」
「ちょっと、男子うるさい!」
ガヤガヤと賑やかになってきた事にアルフォートは頭を掻きながら、とりあえずテーブルに全員座る様に促す。
「まったく、俺が一人楽しく呑んでたんだがな。で、暁の牙とやらは俺に何用だ?」
「それは僕が説明します。彼らはガスラーク卿のコートの件で無罪の証言者として連れて来ました」
「証言者だぁ?心配しなくても最初っから、コイツが人を殺ったとは思ってねぇよ」
「はぁ!?それなら、そうと言えば良いではないですか!」
「いちいち、うるせいぞ!俺の酒盛りを邪魔したんだから嫌味くらい言わせろ!」
「嫌味って!」
「ガスラーク卿、少しお静かにお願いします」
従騎士に宥められて釈然としないままガスラークは大人しく椅子に座る。
「では続きを、彼らはアルフォート卿に対する証人と言うよりも」
「都の奴らへの証人だな」
「ええ、そうです」
「大変だったぜ!何か知らねぇけどガスラークの旦那が凄い速さで都の中を血塗れのサーコートで走って行ったから」
「お陰で私達、走りながら今のゴブリンは危険じゃないです、モンスターの返り血で汚れてるだけなんですって大声で叫ばないといけなかったから大変でした」
「ハハハ。そりゃ、ご苦労なこって」
「···喉が枯れて痛い。だからハチミツ酒を一杯、この店で一番高いヤツ。ガスラーク卿にツケで」
「おう!それじゃ、全員分頼めよ。ガスラークのツケで」
勝手にツケにされる流れになったガスラークだったが、思えば血塗れのサーコートを着て走ったのが原因の為、文句が言えない。
「お前らの事はわかった。で?ガスラーク、お前は何の用だ?」
「そうである!アルフォート卿!シュミョンの宣誓の儀の件で!これはどういう事であるか!?」
そう言って、テーブルにクシャクシャになった手紙を叩きつける。
「どうって、見たまま聞いたままだろ。納得しろ」
「吾輩はシュミョンの説得を含んで卿にお願い申し上げた筈ですぞ!」
「無理だった。コイツはお前と同じか、それ以上に頑固だったからな」
「はい!僕はガスラーク卿以上に頑固なので宣誓の儀は、よろしくお願いします!」
きっぱりと言い切った従騎士にガスラークは、それではお主の出世に響くでは無いかと頭を抱える。
「いい加減、諦めたら良いだろ旦那」
「そうそう、男たるもの諦めが感じんだろ」
「シュミョン様が、その方が良いって言ってるんだから良いじゃないですか」
「ハチミツ酒、お代わり。ガスラーク卿のツケで」
「シュナ殿は吾輩のツケで飲み過ぎであろう!!」
暁の牙の四人もシュミョンの味方をして(一名は飲んでるだけだが)説得に加わってガスラークは頭をガシガシと掻き、決意したようにシュミョンに向き直る。
「本当に良いのだな、吾輩で?」
「当然です」
シュミョンの答えに頷くとガスラークは椅子の上に立ち上がる。
それと同時にアルフォートは暁の牙達にテーブルを端に移動する様に言い付ける。
さして広くは無いが、それでも申し分ないスペースが出来上がる。
椅子の上に立つガスラーク。
その後ろにアルフォートと暁の牙の面々が並び立つ。
先程までの喧騒は鳴りを潜め、場は厳粛な雰囲気をかもし出す。
「我が従騎士シュミョン。我が前へ」
「ハッ!」
シュミョンはすかさず、前に移動して片膝を着いた。
「略式ではあるが、ここに騎士宣誓の儀を執り行う」
「立ち会いは我、王国名誉騎士元帥アルフォート·バルバロスが務めよう。そして、冒険者パーティー暁の牙よ。貴殿らには証人を頼みたい」
「えっ!?あっ、はい!!」
「さぁ、騎士ガスラーク·フォン·ゴブリン卿、場は整った。儀式を始められよ」
「あい忝ない。···従騎士シュミョン、汝の剣を我に」
「ハッ!」
シュミョンは剣を鞘から抜き、柄を差し出して頭を垂れる。
ガスラークは剣を受け取るとシュミョンの肩に刃を置くと厳かに言葉を紡ぎ出す。
ーー此れより、汝に与えられる騎士の聖約を復唱せよ
ーー謙虚であれ
ーー誠実であれ
ーー礼儀を守れ
ーー裏切ることなく
ーー欺くことなく
ーー弱者には常に優しく
ーー強者には常に勇ましく
ーー己の品位を高め
ーー堂々と振る舞い
ーー民を守る盾となれ
ーー主の敵を討つ矛となれ
ーー騎士である身を忘れるな
騎士が守り従うべき規範、聖約を唱えるガスラークと復唱するシュミョン。
やがて聖約を唱える終わると剣の刃をシュミョンの肩から顔の前に向ける。
ーー聖約に従うならば、誓いを立てよ
ーー騎士の聖約に従うことを誓います
誓いの言葉と共に剣の刃に口づけをする。
ーー我、汝を騎士に任命す
ここに一人の若者が従騎士から騎士に昇格した。