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枚方薬師


 松崎は運良く目覚めた。

 天井が白い、周囲には薬品の香り、白いベッド、総じて保健室である証拠だ。

 遠くには救急車とパトカーの音が聞こえるが、今の彼女には必要ないほどはっきりと意識があった。




 ゆっくりと、しかしあっさりと体を起こす。





 隣で看病していた神崎が飛び起きる。

「ギャァ!」少女とは思えない表情をしたかと思えば瞬く間にいつもの冷静な彼女の会に戻して「よかった、無事だったんですね」





 松崎は記憶を思い起こした。

 たしか、瑛琳にボイスレコーダーを渡した後、意識が遠のいた気がする。

 口の周りのアーモンドのような匂いと鉄のような血の味を感じて、ついさっきまで己が毒殺されかけていたことを思い知る。





 すると、松崎の手元に体温計が投げ込まれた。

「熱測ったほうがいいよ。毒が残ってたら困るし」

 クールな低い大人の声、ふわりと眺める先には白衣を着た人間の背。どこか清潔だが背徳的なその姿は彼女の知っているものだった。





枚方薬師ひらかたやくし先生。あなた、たしか転勤したはずじゃなかったですか?」

 松崎の声に振り返ると、高い身長の割に童顔の顔が特徴のある優しそうな表情を向けた。





「はぁ……まず神崎さんにお礼言っておいてね。彼女があなたをここに連れてくるのが2秒遅かったら死んでたからねぇ」





 神崎はよく見ると胸元のボタンが一つ外れている。松崎を連れてくる道中に一つ外れてしまったのだろう。

 松崎は眼鏡を外して珍しく柔らかい口調で、

「ありがとうございました。神崎さん」

「いえいえ、どうもこちらこそ」





 その保健室にようやく龍生と瑛琳が入ってきた。

 神崎がそれを見るとすかさず、

「あんたたちよくも今頃ぬけぬけとやってこれたわね……松崎さんは無事よ」





 瑛琳は薬師の顔を見るなり急に、

「薬師、君がいたのかね。それなら助かるだろうよ」

「先生に向かって呼び捨てはやめようね、瑛琳ちゃん」





 少し元気になった龍生だが、まだ少しぼうっとしているように見える。

 薬師はその姿を見ると不思議がって、

「おや、風邪でも引いたのかい? 休んでいきなよ」

「イイエ、ケッコウデス」なぜかロボット口調で返事をした。





 瑛琳は興味深そうに薬師に尋ねた。

「君は確かアメリカに行って関西の以上事態を研究していたんじゃなかったのかね? それとも、土地を離れて研究することの無意味さにようやく気がついたか?」

「相変わらず皮肉屋さんだねぇ」薬師は神崎と松崎が二人の顔なじみのような喋り方に首を傾げているのを見ると「この瑛琳君とは親戚のようなものだからねぇ」





 神崎と松崎は納得して、

「へぇ〜、親戚なんですか」

「初耳でした」






 一方瑛琳は薬師のすねをごつんと蹴りつけた。

「いってえ!」

「君を親戚だと思ったことは一度もないのだがね?」

 何をくだらないことを、そう言ってテレパシーでも送っているようだった。





 神崎は龍生のぼけっとした頬を叩くと、

「しっかりしなさいよ! 何があったかは知らないけど、人が倒れているところでおふざけはやめてよね」

 すると、彼の瞳に少しだけ生気が宿り、

「意外だな、もっと攻められるかと思っていた」

 彼女は仕方なさそうに彼の額をこずいた。

「錐先からあんたのことを聞いてなかったらもっと責めてたかもね。友達に感謝しなさい」





 その時、松崎が薬師に不安そうなまま尋ねる。

「関西の異常を研究してらっしゃったのですよね? どうでしたか? 今、どの辺りまで解明されているのですか?」

「それを教えちゃったら、今回みたいに助けてもすぐに命を狙われちゃうからね。言えない」

「……わかりました」





 神崎は首を振って、

「私、そのことについてイマイチわかっていないんです。確かに、新聞では事件が増加していたり、関西の学力が上がっていたり、とは聞いてましたけど……その増加や上昇が異常だとか、それにボケとツッコミが具現化するとか、東京ではねじ曲がって伝わっているように思えます。教えられる程度で教えてもらえませんか?」




「はぁ」薬師はため息をついた。眉間にしわを寄せて、心では教えられるわけがないと思っている。だが、そんなことよりも、龍生の姿が気になっていた。彼の一挙手一投足が何か少しだけストレスを感じているように見えた。この空間にその原因らしきものはなく、薬師の観察眼では謎のまま。



 しかし、不意にその龍生がギョロっと薬師の見つめる瞳を捉え、こう言った。



「別に、知能上昇については教えてあげてもいいんじゃないでしょうか?」



 見た目は明らかに普通、だが薬師はその言葉以上に意味を受け取っている。先ほどまで、薬師の視線を気にもとめていないようにに辺りを見ていた龍生が、視線を向けた途端全てを見透かされたようなそんな感覚。





 もしやぁ?





 そう思った。


 薬師はくすくすと笑うと、瑛琳に何かを感づかれながら、

「そうだね、知能について教えるくらいは問題なさそうだ」

 にこやかに笑う。


 その表情はとても爽やかで、見るものを虜にするほどだったが、瑛琳の長年の勘と知恵が見たのは。

 ギットリと笑った油まみれの侮蔑顔。

 彼女はため息をついて、もう一度彼のすねを蹴りつけたのだった。


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