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少年は語る。それもこれもあんたのお望み通りかい?

インフルなう。

 紙をとっていただいてありがとうございます。無事脱出が出来ました。

 借りてたこの紙をお返しします。紙を開いていただきますと、ブックマーク登録の方法、感想の書き方、評価のつけ方。などなどが書いてありますので、ぜひ参考にしてください。

 面持ちは少々整っている顔。といった具合か。



 少し色黒な肌は彼がスポーツをしていたことを思わせるが、肌より黒い瞳がその中でも異彩を放っていた。

 彼の学ラン姿は、まるで黒い鉄塔のようだ。それも曇りの中一つの埃も許さずそびえ立っている姿はまるで無機質。



 そんな男子生徒が意を唱える。

 内容はその痴漢は冤罪だということだ。

 あたりの乗客も、唐突に始まった少女と少年の一騎打ちを見守る。



 男子生徒が冷静な瞳を向けると、こんな疑問を投げかけた。

「まず初めに、その女子生徒の隣にいた。というだけでは痴漢とは言いません」

「何言ってんのよ。この子が見たって言ってるわ。明らかに犯人じゃない」

 まず、互いに牽制しあったようだ。


 威勢のいい少女はこう断言する。

「聞いてたの? さっきのあの彼のセリフを! 『え? どういう意味ですか? 違いますよ!』ですって! 本当に冤罪をかけられている人間なら、そんな惚けた言い方はしないはずよ!」

 少年は少し違和感を感じて、

「……まぁ、わからなくもないですが」



 そこで少年は尋ねる。

「では、その方はどうやって痴漢をしたのでしょうか? 手には大荷物ですよ?」

「どうやって……? それはもちろん、手を使ってね。左手は荷物で塞がっているから、きっと右手でやったのよ。それに。みて、彼の荷物はほとんどが箱ものよ。こんな朝早くにどこで買い物したらそうなるの? やけにはみ出しているところを見てもわかるわ。きっとこれは家から持参したもので、大きな荷物で視線を遮るためのものよ」



ふむ、なるほど。1つの回答を得て、思考を巡らせる。すると少年は尋ねる。

「では、どこで痴漢をしたのでしょうか?」

「どこで? それは座席に挟まれた通路よ。そこなら後ろの乗客は背を向けているし、目の前の乗客もスマホに夢中で気がつかないはずよ!」


少女は目の前の男が何を言い出すのか気が気ではなかった。

間違っているはずがない、間違っているはずがない、と。

 そこで三つ目の質問。

「その現場にいたのはどんな方でしょうか?」

「いい? その場にいたのはよぼよぼのおじいさんとスーツを着た男性三人。あとは目の前に座る若者二人。そして、彼女とこの男よ」




 すると少女は「そうなのよね?」と痴漢の被害者に尋ねた。それはわからなかったからではない、目の前の男があまりに冷静で……いや、言うなれば階段の数段ほど上から物を言っているからだ。

 被害者の女の子からは瞳を震わせ、頷きが変えってくる。

すこし自信を得て、ここで犯人を逃すまいときをひきしめた。



 そして、三つの質問が終わり、少年がこう告げる。

「では、やはりその方は犯人ではありません」

「なんで? 見たって言ってんのよ?」

早速交戦が始まる。



 過激な勢いの少女を見て、少年は少し戸惑いを見せたが、まっすぐな瞳ではっきりと意見を唱えた。

「もし、痴漢がいるならそんな大きな荷物は持ちません。なにせ、スペースができると視界が広くなりますからね。腰あたりの高さでもそれは同じ、自殺行為です。これからすき焼きをする人間がそんなあほなことしません」

「はぁ? すき焼き?」

「二つ目に、前に座っている乗客がスマホから目を離したらどうなりますか? それに、後ろに座っている乗客もいます。それを確認しながら痴漢なんてしないと思うんですけどね」




 それを聞いてあたりの乗客も野蛮な気配を忍ばせた。

 少女の頭にも男性の冤罪がよぎる。



「で、でも! 見たって言ってたじゃない!」



 すると、少年は困ったように。そして急にタメ口で。

「……じゃ、俺も見た。だって目の前に座ってたんだからな」

「はぁ? 嘘つくんじゃないわよ! じゃあなんで初めっからそう言わないのよ!」

「なんとなくだ。俺の目の前には女の子もヨボヨボのおじいさんもいたよ」

「じゃあおじいさんに席変わりなさいよ!」

「立ってる方が健康だろ?」

「御託はいいの! 嘘つかないで!」

「では、嘘という証拠は?」




 急な敬語には少女も言葉を詰まらせた。

 その時、突然。



「あんたぁ〜! なにしてんだぁーい!」



 野太い声。それは少し高音でソプラノ歌手が太いパイプに歌を聞かせているかのようだ。

 その場の皆が注目する。

 どすどすどす、大きな足音。視線の先にはこれまた恰幅のよい豊満というには少々ぽっちゃりすぎる、いい意味でおおらかなさまの女性が現れた。



 瞬間、少女は口を塞いで事の顛末に気がつく。



 ぽっちゃりな女性は容疑者にされていた男性の前までずかずかと歩いてくると、

「あんた! 早くしないと歓迎会に間に合わないじゃない! うちらがすき焼きの提案をしてんのよ!」

「あ、ああすまん。トラブルに巻き込まれて……」

「トラブル?」

 どうやら夫婦のこの二人は戸惑う旦那につられて嫁まで戸惑っていた。



 少年がにっこりしている。目は「わかっていた」と語る。

 それが意味する事は少女にもわかっていた。



 ここは駅のホームだ。

 同じ電車に乗らなければ居合わせるはずがない。しかし、嫁を連れて電車に乗っておきながら痴漢などまずありえない。この男性は白、要するに痴漢をしていない。



「あんたいつから?」少女はわからなかった。この男性がいつ嫁と一緒に電車に乗っているとわかったというのか。



 少年は駅の電磁版に備えられた時計で時間を確認しながら、余裕を見計らうとこう告げた。

「まず、彼の左手の薬指が大きくくびれていた。それは手に大荷物も持っているからではなく、指輪が痛くなるほど締め付けていた証拠。今はないのを見ると、最近取った事がわかる」



 続けて指を一本立てると。

「次に。紙袋の箱が異様に揺れている。大きさから見ておそらく鍋だ。下に詰めると揺れそうなものと言えば、多分しらたき」



 少女が一瞬怒りに我を忘れて、

「はあ? 鍋の下にしらたきを入れる馬鹿がどこにいるのよ!」



 すると隣で大きな声が聞こえた。

「なんでなのあんた! なんで鍋の下にしらたき入れちゃうのよ! 破れたらどうすんだい!」

「すまん、急いでたもんで。それもこれもお前が化粧に時間を掛けたせいだろ?」



 少女は唖然とした。理解の範疇を超えている。



 しかしそれでも一つだけ確実に言えることがあった。

「で、でもこの子はこの男が犯人だって言ったわよ!」



 そう言うと、少女が女の子に振り向いて頷きを促す。

 すると少年が頷いて。

「それならば、確かめてみましょう」

すこしだけ温度が下がった。



 言葉の次に女の子の前にやってくると、黒い瞳で真直ぐ見つめた。

「あなたは、本当に犯人を見たのでしょうか? 今、私が言ったことが正しければ、あなたは痴漢をされる環境にいないことになる」


静かに、慎重に背筋が凍る。

 女の子が少しだけ身震いしたのがわかった。




 しかし。少年の瞳はそれの奥の罪悪感すら見通していたのだ。

 ゆっくりと、しかし確実に。少年が女の子の耳元まで口を持ってくると、こう言った。


「もし、これ以上嘘をつくようなら。俺はお前をゆるさねぇぞ?」


 そのとき、女の子が後ろへと後ずさった。


 しかしそこはホームの先。

 足を踏み外す。


「きゃあ!」


 そのまま女の子は線路へと転落してしまった。

「ちょ、あんた何を!」


 少女が目の前の事態に瞠目しながら女の子を助ける方法を探す。

 するとそこへ、ようやく駅員が駆け付け。女の子の救助に当たった。

 あたりが騒然とする中、少年は悪びれる様子もなく改札口へと向かって行く。


「ま、待ちなさい!」

 少女が大きな声をあげるが、少年は聞く耳すら持たないのであった。











 まあ、なんとも大胆な登校なことだ。これは絶対にニュースになる。


「これがお望みなんだろ?」



 そういったのは先ほどの少年。

 彼は改札口に向かいながら小さく呟いていた。

 確かに、お望みと言われればその通りだ。俺がお前を粘土で作って魂を吹き込んだ時には、まるで自分を投影したかのようだった。


「俺はお前じゃない。だが、俺たちは一つだ。なぜなら、お前は俺の頭の中の存在。俺の想像に過ぎないんだよ」


 そう言って冷静に言葉を投げかけてくるのはこちらとしては嬉しい限りだ。

 親の気分とはまさにこのこと。


「じゃ、この悪都大阪もお前のせいか。親ならなんとかしろ」


 いいかい? 君は今、最も楽しい都にいる。

 なぜなら、誰も想像できない世界だからだ。

 友達、先生、親、恋人。血が繋がっていても同一人物ではない。だからこそ、自分を知るのが大切だ。


「わかった。気にかけておくよ」


 少年は言葉の後に少し寂しげな表情で改札を後にした。


次回!『少女は理事長に対面』

読み飛ばしてくれても構いません。

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