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嘘つき四つウサギ  作者: 千羽稲穂
第一章 兄ウサギ
22/29

点を浮かびあがらせる。

 私は大学をほっぽり出して兄さんの秘密の隠し場所を全てあぶりだした。たいていそれは裏の稼業の人が使うコインロッカーやいつも兄さんが煙草を吸う場所に埋められていた。そこにあるのはピッキングにいる工具と代えの黒の皮手袋、そして汚いお金。

 全て目新しく、掘り返されたりロッカーを開けられたりしていていない上、中のお金は手もつけられていない。


 そう、結果として、全箇所いつもの通り、そのままだった。


 つまり、兄さんを陥れただけで、お金はどうでもよかったということだ。珍しい輩もいたものだ。口は割らせず殺して、お金はそのままにしている。あるいはまだ口を割らないのか。

 

 口が割れていない希望がある今は、まだ大丈夫だろう。

 まだ。まだまだ、望みはあるはずだ。


 それならば、私は考えを変えて兄さんの遺体ではなく兄さんを助けに行かねばならない。今は、まだ情報が足りない。それなら、頭の中の点を浮かばせ確認しに行くのが先決だった。


 振り返ってみて、一番初めは邉の密告からだった。兄さんとは違う、何者か知らない素人が兄さんの模倣をして空き巣を働いていた。


 点を掛け合わせる。


 兄さんとは全く違う手口ではあったが、あの線は、兄さんのことをなぞっていた。あの時は、見ようとしていなかったが、思い出すと鮮明にわかる。あれは兄さんを追ったものだ。あわよくば兄さんに成り代わろうとしているもの。

 だが、この街に兄に成り代わろうとするものなんて、いただろうか。


 次に思い出されるのは、兄さんがふるった暴力だ。あの少年は私や兄さんの姿を認知したが、あの程度では私達の裏は知られていない。彼も裏の人間なら、簡単には裏のことは話さないはずだ。それでもあの子から何か情報が洩れるとしたら、何の得にもならない兄さんの力の情報だけ。

 あの後、放っといていたけど果たしてあの少年は何者だったのだろうか。


 兄さんが追っていたのは『アリクイ』、という掏りグループの一員に間違いはない。今この街にいるのはそのグループのみなのだから、兄がこのグループに殴り込みに行ったと考えるのが妥当だ。


 だけど何か引っかかる。

 まだ、何かありそうな感じがする。


 ひとまず、今は情報が惜しい。


 私は少年がいる病院へ向かうことにした。

 足どりは、行きしなよりも軽い。道路に吸い付く靴の底を赤子を抱くかのようにそっと優しく持ち上げられる。


 少年がいる病室を「腹違いの弟なんです」とさらりと嘘を吐き、聞きだす。そうして赴く。

 頭の中には少年の個人情報は入っていない。ただ名前と病院だけは事前に黒木さんに聞いた。聞くことなんて容易い。手元にある携帯で黒木さんの携帯にかけるだけ。


 こうして赴くと、探偵をしているようで心躍った。今まで探偵と言うよりかは、書類の整理をする秘書のようで、探偵らしい探偵はしていなかったように思う。自身の探偵らしい技術が身につくのみで実感もなかった。

 兄さんの失踪でそういったことを感じるのは、不謹慎だが、私の感情は正直で言うことを聞かない。


 病室に着く。そこは個室ではなく、他の患者と相部屋だった。笑みを他の患者に見せつつ、一方で理不尽な暴力で弟が不幸にあい、苦い思いをしているかのように笑みを曇らせた。そうしていると簡単に近づけた。


 その少年は支度をしているところだった。包帯を顔に巻き付け、手足に痣があるにもかかわらず、自主退院の名のもとここから去るらしい。


 私は、包帯に滲む、リアリティのない赤色にそっと目を細めた。


「こんにちは」


 一生懸命用意をしている彼に長年の友のように話しかける。

 すると、彼は驚いて目を数ミリだけ大きく開け硬直してしまった。まるで幽霊でも見たかのように、私の存在を否定したがっていた。今の私は服に血が染みついていないのに、彼の表情に心が軋む。


「体の方は大丈夫? もう退院? まだ痛そうに見えるけど」


 なるべく彼に敵意を見せないようにする。


「あ、あんた。なんでここにいるんだ」


 彼の声は、同室の入院患者の意識を向けさせないために控えめだった。低くガラガラとしたハスキー声を響かせる。服が擦れるような繊細な響きが耳に残る。


 それにしても、私は少年を救った立場であるのに、この態度はないのではないだろうか。いくら兄さんが脅しをかけたからといって、ここまで驚く必要性もない。

 少年の態度は、さながらサスペンスドラマの真犯人に出会ってしまった被害者のように体を震えさせている。今にも命乞いをしそうだ。


「こうしちゃいられない。逃げなきゃ」


 少年が手早く荷物をまとめる。手は止まらない。

 私は少年の傍らにある白いシーツのベッドへ手をなぞらせた。赤子の肌を触ったように滑らかな感触を鋭敏に感じとる。するすると抜けていく私の手から零れ落ちる砂をなぞっているようだ。その上にゆっくりと座る。


 うわごとのように「ヤバイ、ヤバイ」と少年は続ける。頬には雨でもかぶったかのように汗が流れている。


「君の所属していた掏りグループなんだけど、『アリクイ』だっけ?」

「俺はそんなグループ知らない」


 しらばっくれているのか、今度は「知らない、知らない」と頭を振りつつ荷物をまとめている。


 窓から差し込む日が私の背を温める。少年の手の痣や包帯を照らす。黄金色の木漏れ日に見向きもしない。少年も私も。お日様は怒って、雲間からより強く梯子をおろす。

 私はうっとうしく目を伏せた。


「今日は簡単なことを聞きに来ただけ。これさえ聞けば帰るから、私の質問にしっかり答えて」


 頭の中をかき回す。

『アリクイ』なんてさして重要なことではないのは理解している。そう、なんだか何かが掛け違えているように思うのだ。何か大切な一つが、異なっている。私の日常に影を落としている、何かがある。


 少年が荷物をまとめて、立ち上がったところで私も立ち上がった。


「俺は知らない」と少年が私を避けて、私の脇を通ろうとするとき再び体を硬直させた。動けないのか、前へ前へと足を踏み出そうにも足があがらない。


「なんで?」と悲痛な声とともに足元を見る。


「話してくれるまで、離さないから」


 足元には蔓が巻き付いている。緑黄色の野太い蔦だ。私のポケットの種から伸びて、地面と足とを固定する。蔓が床と粘着しているのを見て、小さく少年は悲鳴を上げた。そうして顎を震えさせて、私のことを恐怖の対象として見上げた。


 力を使いすぎると、感情が震え、再び力が強くなる。自分が化け物に近づいているのを如実に目に映し出す。だからあまり使いたくなかったけど、少年を逃がさないようにするためには致し方なかった。

 でも、植物の種を少年の実のうちに植えるようなことはしない。さすがに罪悪感を感じる。今は蔓を成長させてるだけにして、これでも最低限の力に抑えている。これを見た少年はパニックを起こしている。


「離してくれ。俺があんたと接触しているのが知られると殺される」

「さっきから、何言っているのか分からないけど」


 少年の言葉に糸がはってある。それにギリギリまで歩みをよせる。


「もしかして、私と兄さんがあなたと接触したのは偶然じゃないの?」


「……話すと殺されるんだって」


 少年はそれ自体が『イェス』の答えを示しているのが分かっていなかった。


 少年を見るに、兄さんをはめた少年のボスは、どちらにせよこの少年は口を割る前に殺すつもりだったのかもしれない。

 私だったらそうする。口が軽い人は、殺す方が早い。この少年もそれを悟っているからこそ早くにこうして撤退しようとしているのだろう。


 それは少年の今後のことだ。少年の先のことは、後からでもどうにかなる。今は、少年よりも兄さんのことの方が先決だ。


 まだ点と線はつながらない。


「やめてくれよ。勘弁してくれ。こんな事態しらないって。俺はただあの時あの場所で万引きしようとしていただけなのに……」

「『アリクイ』は?」

「『アリクイ』だって?」


 自嘲気味に少年は笑う。痣を気にしているのか、左手で右腕の痣を撫でた。


「掏りグループの『アリクイ』。あなたが所属しているグループだったはず」

「そんなグループとっくの前につぶれてる」


 唾をのみ、少年は観念したかのように私を見る。唇を噛みしめて、言わないでおこうとしたことを必死に守っている。だが、今の状況は焦りを増長させた。どこにも行けず、立ち止まっているしかない。逃げなければ殺される。

 仕方なくといった表情で少年は口を開けた。


「一つ、交渉しよう。俺を守ってくれ。その代わり、俺の知っている情報を話す」

「ええ、約束しましょう」


 ほっと一息つき少年は、目をたじろがせて小声で続ける。


「『アリクイ』はつぶれた。数週間前に。俺は確かにそこの組員だったよ。行くところがない俺を、蟻は拾ってくれたんだ」


 蟻とはおそらく『アリクイ』のボスだろう。


「でも、グループの統合や、抗争や何やらで数が増えていくうちに蟻は、俺達組員にきつく当たるようになった。

 まずは、金だ。金がなければ始まらない。組員にしまりがつかない。そうして統合されていって。俺はそのうち、悟った。蟻は、こんなことをするやつじゃなかった。この蟻は誰だって。知らないうちに俺の知る蟻は殺されていたんだ」

「どういうこと?」

「知らなかったんだ。蟻は粗暴になってから、下の者は蟻に近づかなくなったし、蟻も下の者を毛嫌いして、俺のような結成当初のメンツの前にも顔を出さなくなっていたから。

 だから蟻は俺達下の者が知らないうちに死んで、知らない誰かがなりかわ(・・・・)っていたことに気づかなかった。

 俺は、蟻がやつだと、ふとした動作や、癖で気づいてしまった」


──『ナリカワリ』


「聞いたことがある。組織のトップみたいな重要人物となりかわって、裏から組織を操る仕事をするやつらがいるって。

『ナリカワリ』だ。でも、そいつらは政府といった強大な上の仕事を請け負うはず」

「俺は知らない。俺は知らない!!」

「そいつが、君を利用したんだね。

 命を差し出すか、命令に従って見逃してもらうかを選べって。今君がいるのは、後者を選んだから。

 で、あの時君は、あのコンビニで万引きしろと命令された。通りがかった兄さんは、あなたが持つ『アリクイ』の技術に反応して接触した」


 なにか都合がよすぎる気がする。


 私と兄さんとの亀裂をはかった後に、虐待された子どもに兄さんの空き巣は見られた。それを私に連絡した。結局私は兄さんと喧嘩をしてしまった。兄さんが私や家族から離れる理由を作ったように思えてしまう。


 ここまで聞けば、『ナリカワリ』が目星をつけたのは兄さんだ。だけど、この亀裂を作るにはかなり私に近くなければ作れない。情報を操作して、私を不安にして、子供がいる時間を兄さんに伝える。


 私に近い人、情報を提供してくれる人といえば一人しかいない。


 黒木さん、彼は何かを企んでいた?


「あの人、また私にちょっかいかけてる」


 私は独り言ちて宙を仰ぐ。煙草の匂いが鼻についた。美味しくもない煙の香りだ。灰色の不健康そうな匂いが目いっぱいに肺に取り込まれる。取り込まれれば吐き出して、ため息になる。


 あの人は煙草を吸っていた。嫌なことや罪悪感を感じていると、かなりの確率で煙草を吸っている。

 あの人が『ナリカワリ』なら常に煙草の匂いはついているはずだ。私にちょっかいかけるいかなる時も煙草をくゆらせる小心者のあの人が、『ナリカワリ』なはずはない。

 

 煙草の香りは昨日が初めてではないけど、そんなに常に吸っていたわけではなかった。


 ならこう考えた方がいいかもしれない。

 『ナリカワリ』ではないけれど、何かは知っている。


「ね、君、結局『ナリカワリ』って誰?」

「知らねぇよ」今にも唾を吐きかけられそうな勢いだ。

「質問を変えるね。その『ナリカワリ』はどんな容姿だった? なんでもいいから、教えて」

「俺は容姿すらあいつのことが分からない。会うたびに違う背格好をしていた。俺は、ナリカワリに気づいたことをあいつは知って、あいつは面白がっていた。俺はただ怯えて命令に聞いていただけだ。

 だが、今回は違う。どう見てもあいつは殺す気で俺に命令を下していた。お前にわかるか。ぬくぬくと穏やかな生活を送っていたお前なんかに。いつも危険とともに存在している俺の身を……」


 パニックに陥っていた。額の汗は、頬を伝い顎に到達しぽとりと落ちる。その雫は足元の植物が浴びて、植物は身体を震わせる。太い蔦がより一層きつ少年の足を縛っていく。次々に罪悪感が絡みついていく。蜘蛛が糸を張り、巻き付いている。


 私はこの少年の思う強大な存在に恐怖を感じない。一番怖いのはいつだって自身の感情が高ぶった時だったのだから。

 そして、今がそうだ。私の感情が高揚し何かに狙いをつけている。これは兄さんのためだと言うのに、兄さんが死んでいるかもしれないというのに、全く感情が沈まない。高ぶりっぱなしでどこかの器官が狂っている。


 これは邉の部屋にあった点を浮かばせるのと同じだ。この点を浮かばせて線を付ける前段階は高揚する。謎のしっぽを捕まえた達成感を浴びている。


 私は唇を舐めて、言葉を湿らせた。


「最初にあったナリカワリは、男? 女?」


 少年が言葉に震え上がる。


「男だった」


「背が高かった?」


 少年がこくんとうなづく。


「服は? 何か特徴的なものを着てなかった? コートとか」

「特徴なんてない。どこにでもいる、そういう男だった」


 さすがに先へは進ませてもらえない。


「ありがとう。もういいよ」


 私はポケットに隠した種を握りつぶした。すると巻き付いた蔦はみるみるうちに枯れていき、赤茶色にくすむ。筋が幾重にも重なったと思えば、貧弱に床にうなだれる。草も蔦の生き生きとした細さも見る影もなくなる。そこに私の足を煙草を踏みつぶして火を消すかのように、じりじりと床にこすりつけた。離すとそこには砂のような蔦の残骸だけが残る。

 少年はほっとして足を動かすと、その砂は空気のあおられ消えていった。跡形もなくなった後に残るは、私と少年だ。しっかりと私を睨んでいる。


「情報の代わりに、助けてくれだっけ」

「そうだ。俺を助けてくれ。もう『アリクイ』にもいられない。あそこは何か得体のしれない組織になってしまった。蟻もいない。俺は知りすぎた。抜けたい」

「いいよ。守ってあげる」


 私は痣が目立つ少年の右腕をひいて、「今日は気分がいいんだ」なんて狂った頭で言い放った。


 病院から抜け出して、周囲に追っても何もいないことを確認して、私は探偵事務所に向かった。その間、少年の手は決して離さなかった。此処で話してしまうとこの少年は必ず殺される、と心に縫いつけた。

 少年は何も言わずに、ただついてくる。従順に、すんなりと交渉を真っ向から受け取っている。


「君、名前は?」


 安全な場所に連れていく途中で聞くが、何にも答えてくれなかった。

 多分ないのだろう。


「不愛想な子」

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