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嘘つき四つウサギ  作者: 千羽稲穂
第一章 兄ウサギ
12/29

友達の友達は友達?

 食堂が賑わっているのはどこの大学でも同じだ。だがそれは人の多さだけ同じというわけで、その中の雑音はどこの大学でも同じではない。


 私の大学ではだいたいが噂話だ。そんなどうでもいい雑多な噂話に耳を傾けず、明日の授業のことや友達とのサークル活動のことを頭でいっぱいにした方が無難だ。


 食堂のことを非難はしているが、ご飯までは非難したくはない。ご飯はおいしく、安い。学生にはありがたい特典も満載だ。

 私は今、そんな食堂に友達とご飯を食べに来ていた。時間はちょうど昼休みが始まり、十二時半ごろだ。


 私は、きつねうどんが乗っているプレートを運ぶ。

 友達が確保した席を見つけるために学生の波に流されながら探す。


「ちょっと、あの人……」

「ああ、噂の……」


 やはり聞こえてくるのは苛立たしい噂話だ。しかも私が通り過ぎてからひそひそといろんな人が噂話を始める。私の噂話を隠そうとしているのか、していないのかわからない。知ろうと思えば簡単に聞こえる距離にあるため駄々洩れだ。


 陰口は隠れたところでするのであって、当の本人に聞かれるのならそれは陰口ではない。ただの悪口だ。昨今ではそうして、悪口をネタに周囲を盛り上げている輩もいるから、大学なんて馬鹿らしくもある。


 社会に出れば悪口一つで裁判は悪い方に向かう。私は直球に言うよりももっと隠れたところで言うべきだと思う人なんだ。

 悪口がでるのは普通だ。だが簡単に当人にわかってしまうのは、嫌悪感が強い。


 人込みの中友達を探す。人が多くて、どこにいるのかわからない。白く長い机に、いくつかグループが作られ、昼食を楽しんでいる。黒い髪の群れが立ちはだかる。あとに雑多な人の声の数々が迫りくる。


 これだけひとところに人を凝縮された場面が見れるのは、通勤ラッシュと食堂ぐらいだろう。


 黒い荒波の中、私は一人孤独を感じる。たゆたう人の波にもまれて、嫌な噂を耳にして、ようやく友達のホワイトフラッグである手を見つけた。


 友達が手を上げて振っている。


 そこに歩み寄りようやく手に持っていたきつねうどんを机に着地させる。


「ごめん。待った?」


 手を合わせて謝ると、友達の亜希ちゃんはううんと首を振った。


「ぜんぜん。気にしないでいいし」


 目の前にあるうどんに手を合わせて、私は一本の麺を箸ではさみ、ちゅるんと啜った。のどごし柔らかな麺がぬくもりをもってのどに伝っていく。

 

 そうすると、昔の母親の味を思い出す。今その味は兄に伝わってるが、やはり誰が作ったかというものが大切だと思うのだ。味ではなく母親がうどんを作っている後姿は、とても楽しそうだった。

 だから、いつも昼はきつねうどんにしてしまう。


「また、きつねうどんやな」


 亜希ちゃんが家から持ってきた二段弁当箱を広げる。一段目には白いご飯と梅干、二段目は唐揚げときのことグラタン。緑が足りないのが彼女の弁当の常だ。


「そういう亜希ちゃんだっていつも弁当だし、中身も変わらない」

「そう? ほら、うちは作ってくれるから」

「うわぁ、いいなあ」

「いろいろ面倒ごともあるんやでぇ」


 いつも通りの会話に弾み、次の授業までの時間をつぶす。こうしているときが一番、日常を感じて安心した。さっきの噂話なんて耳に入ってこないし、昔のことも良いことしか思い出さない。


 家のことも何もかも葬り去って、彼女とは付き合える。そういう浅い関係だ。こういうのが大学生。彼女とは呑みにも行ったことも、更にはご飯を食べに行ったこともない。ただご飯を共にして授業のことやサークルのことを駄弁っているゆるく淡いそんな何かの関係。そんな薄味をさらに薄めた大学の関係を充実させている。

 それは友達という関係なのだが、これまで体験したことないぐらいの薄味で、当初慣れるのは苦労した。慣れてからは気楽でやりやすかった。


「染香ちゃんってほんまミステリアスやなぁ」


 だからか知らないが、すぐにこんなこと言われる。


「ほら、私になんにも言わへんやん」

「そうかな?」

「あーでも、うちは無理して聞かへんしな」


 その含みに事実いろんなことを押し隠しているのが分かった。やはり彼女も、噂話が気がかりなのだろう。私は、そのことも何も言っていない。そもそも、あれはほぼ嘘で塗り固められたものだ。大学生特有のそんなものだ。


 馬鹿らしい。


 それからしばらく次の授業のことを話してた。次の授業はテストだけの判定で出席では評価はつかないから帰ってもいい、つまり飛んでもいいよね、とか、あの授業は受けてもつまらないとか、先生のおひげが凛々しくって好きだからずっと見てられる、そんなどうでもいいことを亜希ちゃんと喋っていた。


 どれも馬鹿らしいのに、温かかった。


 一つのところに押し込められて、それでも私たちは他の人のことを気にしている。でも、そんなところがまた良かったりする。


 亜希ちゃんと出会ったのはそういうどうでもいいことからだった。亜希ちゃんは私の出席番号のたまたま後ろで、食堂でいつも目が合って、授業も一緒で、一人だった私たちは次第に惹かれていった。サークル活動も、群れるのが苦手だったところも同じだ。一緒に新入生歓迎コンパのようなものに行った時も、二人とも肌に合わずそそくさと帰ったりした。

 だから、気が合って大学らしい浅い関係を保てている。お互い似た者同士で深くは関わりたくない。


「完食!」


 ごちそうさま、と私は再び手を合わせた。

 隣で亜希ちゃんがくすっと笑った。


「そういうところとか、面白いわぁ」

「これは癖みたいなものだよ」


 くすくすと私たち二人は笑いあう。お互い様な部分もいろんな部分も知らないのに、尋ねあわない。


 友達ともまた違う。本当は知り合い程度の関係なのかもしれない。これを友達と称して馴れ合っているだけなんて、亜希ちゃんも私も知っている。だが、これ以上踏み込むのはお互い怖い。

 私なんて、踏み込んでほしくない。亜希ちゃんを巻き込み、殺しちゃった、なんて冗談でも現実にしたくはない。


「あ、私ごみ捨ててくるから、ちょっとだけ荷物見ててくれへん?」

「了解」


 その後にでも私もこの食器片付けに行こうと、食器を見下げた。つゆのきらめきがたっぷんたっぷんと揺らいでる。中に麺はない。


 亜希ちゃんが立ち上がって行くのを見送ると、私は隣の騒がしい男へと向き直った。さっきから視線が騒がしかったのだ。まるで尾行されているみたいだ。気持ち悪くって、心が騒がしくなる。


「何?」


 騒がしい男の一人が私のことを見て、苛立たしげに聞いてくる。

 今どきのおしゃれを身にまとっているのに、どこかちゃらちゃらしている。おそらく首に下げた意味の分からないネックレスが際立たせているかもしれない。銀色のわっかがくっついているネックレスは、私から言わせれば、それだけで首を絞めるための凶器になりそうだった。


 凶器……なんて考えていると、まさに裏稼業だ。今は考えないようにしていたのに、その男視線が気に食わないせいでこうして思考に至っている。苛々する。


「あぁ、こいつ知ってる」


 ネックレスをしている男とは違う、今度は若干筋肉質な男が割り入ってくる。どいつもこいつも流行の服に身をゆだねている。


「奇遇。俺も」


 乗っかっていく面々に私は嫌気がさし、早く亜希ちゃんが帰ってこないかなと思い始めた。


 総勢、五人ほど。しかも私と同学年だ。見たことがあるなら、私に思うことや言いたいことは一つだろう。


 私はそっぽを向いたが、ネックレスの男の視線がまだある。気持ち悪いにもほどがあるので、もう一度振り返ってみるとその男が亜希ちゃんの座っていた席に座っていた。


 近い。


 男の口が自然と開く。その先を知っていた。噂事なんて、真実が知りたいやつが言うんだ。



「あんたさ、いろんな男とやってるんだって?」


 

 それが噂になっていることなんて私は百も承知だ。

 そんな噂は嘘っぱちだった。私は今まで生きてきた中で、そんな体を安売りしたことだってない。黒木さんにだって、なびいていないのにどうしてそんなことになったのだろう。


「それ、本当?」


 一つ一つの言葉が粘っこく私にこびりつく。事実誤認だ。

 そんなことは一切ない、と言おうとしたのに、重苦しい雰囲気に押しつぶされて言えない。


 亜希ちゃんが後ろにやってくる気配がする。こんなこと聞かれたくないのに、多分聞かれているだろう。でも、空気を読んで待ってくれている。申し訳ない。


「そ、そんな……」

 早く終わらせなけばならない。



「失礼すぎんだろ」



 刹那、私とネックレス男の間にまた違う男が入ってきた。身長が高く、背中とお腹の間がうすっぺらい。細身のブラックサンダーみたいな板男だった。

 その男がネックレス男に向かい鼻で笑った。


「えっ、なに? それとも塚ちゃん、この子とやりたいとか?」

「おい、久藤そこまで言ってないだろう」


 焦ったネックレス男は、私のことを忌み嫌う眼差しを向け、席をたった。また騒がしく食堂の会話の一部を担う集団に紛れる。私への視線はもうない。


 ほっと一息つく。


 そうだお礼言わないと。名前は、確か……


「久藤君」


 亜希ちゃんが後ろから、私を助けてくれた男に向かい名前を呼ぶ。その名前に既視感を覚えつつ、助けてくれた男、久藤君を見る。やはり全体的に薄っぺらい体つきをしていた。


 亜希ちゃんが駆け寄り、久藤君と二言三言しゃべる。その会話を見るに、以前から仲が良かったみたいだった。

 私は彼女の交友関係に何か物申すことはしないが、そこはかとなくうさんくさいこの久藤の話し方に、不安を覚えずにはいられなかった。


「亜希ちゃん」とつい会話に私は入ってしまうほど不安を駆り立てる喋り方を久藤君はしていた。「クドウくん、と友達?」


「うん。よく喋りかけてくれるん。同じ授業なことも多くって。染香ちゃんが、トイレ行ってるときとか、染香ちゃんがいなくって暇なときとかに、ね」


 へぇ、と相槌をうつ。隣でにこにこ笑顔をふりまくこいつが気になって仕方なかった。そもそも、私がいない時に限っているとか喋るのはどういうことなのだ。これは、ちょっと詮索したくなる。だけど詮索するのは亜希ちゃんがいない時に限る。


「クドでいいよ。みんなにそう呼ばれてるし、亜希ちゃんは呼んでくれないけど」


「近すぎて気持ち悪いんやもん」


 亜希ちゃんがそれとなく毒舌を披露した。なんとなく感じた気持ちを、今亜希ちゃんと共感する。亜希ちゃんがもともと毒舌なこともあるけれど、さすがに的確過ぎてうんうんと頷いてしまう。


「あ、次の授業もうすぐや」


 慌てて亜希ちゃんが準備する。重い教科書がぎっしり入ったバックを肩にかけて、その場からすぐに去っていく。ばいばいと振り返りざまに手を振り、お別れを言うと私を置いて行ってしまった。

 そのさまは一刻も早くこの男から離れたがっているように思えた。私とこの久藤君とかいう男と二人っきりにさせたいという意向が読み取れる。


 まさか、ね。と杞憂に終わってほしいとばかりに頬をちょいちょいと掻いた。


 亜希ちゃんは逃げ足だけは早い。私は置いて行かれて、とばっちりを受けるのもしばしばあった。今ももしかしたら身の危険を感じて、私を置いて行ったのだろう。


「久藤君だっけ、ありがとう。じゃ、またね」


 私もほのかな不安を感じ手早く逃げようと、鞄を肩にかけて、トレイを手に持った。


 これを返却口に返して彼から逃げよう。


 持とうか、とジェントルマン気取りの久藤が手を差し出すが私は彼の前を通り過ぎた。だが、彼は食い下がらなかった。今度はナンパ男さながらについてきて、じゃあ一緒に行くと隣に立つ。

 

 こういう輩にたくさん絡まれてきた。だからわかる。たいていはこういったものは「やらない?」と誘ってくるのだ。もちろん、私はそんなことしてないし、安請け合いしないからすぐにまく。


 絡まれるとすぐに亜希ちゃんは影を薄くしどこかへ飛んで行っちゃうから、あの子は勘がいい。正直最近私より裏の職業に向いているのではないかと思う。


 トレイを返却口においても、早歩きしても、久藤はまけなかった。大学で探偵事務所で習得した巻くやり方はできないし、厄介だ。


 食堂を出て、さすがに無視するのも一緒についてくるのも気持ち悪くなる。大学の外で糾弾しても周囲の印象がさらに悪くなるだけだ。だから、人が逆に大勢いる大学の芝生がある広場にきて立ち止まり振り返った。



 そこには久藤が膝をつく姿があった。



 瞬時に思考が固まる。


「お姉さん」


 お姉さん?

 そんな人どこにいるのだろうか。


「やっぱり覚えてない……」


 久藤の苦痛の声が漏れる。


 他に彼を見ていないか周囲を見渡す。各々自分のしたいことやサークルでこちらを向いていない。向いている視線は少ない。が、しかしこんな決定的なところ見られるのは、恥ずかしい。


 顔が熱くなっているのがわかる。とにかく恥ずかしかった。いつも闇に紛れているせいだろうか。視線がさっきの食堂よりも少ないのに、自分の感情が抑えられない。


「あの……何してるの?」


 膝をついて、私を見上げているその瞳はどこまでも純粋だった。うるうると潤ってきた。気持ち悪さを通り越して、気色悪さも上乗せされた。


「俺のこと覚えてないっすか」

「ごめんなさい。既視感はあるけど覚えてない」

「あんたの弟をいじめてた久藤っす」

「ごめん。突然、そんなこと言われても頭の整理できないし、とりあえず気持ち悪いし、そもそも弟をいじめてたのは私の同級生のはずだからお姉さんとか、敬語になるの怖い」

「俺、大学の回生的にはお姉さんの一個上っすよ。ほらお姉さん一回浪人したでしょう。だからあの時は同級生でも、今は先輩になって、で今お姉さんの前にいるわけっす」

「なんでそんなこと知ってんの。話通じてないし、さらに気色悪いわ」


 とりあえず二、三歩下がり久藤から遠ざかった。恐怖で震え上がり、心が冷め切った。どれをとってもこの男に嫌悪感しか感じなかった。今すぐにこなごなにぶっ壊したい。


「お姉さん」と呼ぶたびに肝が冷えた。


 私、あんたのお姉さんになった覚えがない。なんて言葉となぜ同じ年齢なのに、敬語をしているのかと、まずそれではお姉さんではないのと、いろいろ指摘した事柄が瞬時に浮かび上がりどれから手をつけていいかわからなかった。


「俺、お姉さんのお兄さんに殴られて、お姉さんに脅されて気づいたんすよ」


 その口から言葉が漏れるたびに背筋が凍る。


「俺の中にお姉さんの毒が入っていると意識しちゃって、気づいたらお姉さんのことばかり」


 私の天井の曇りに早く雨を降らせてくれと頼んだ。そうすると、走ってこの人から逃げられる。そのあとに、こいつを雨の中に置いてけぼりにしたい。


「俺……」

 

 私は久藤から引いたはずなのに、久藤はまた近づいてきて、手を勝手に取る。

 足が動かない。誰かこの空気を壊してほしい。



「俺、お姉さんのことが好きです」



 刹那、私の携帯が鳴った。電話の着信音は優し気な音色を奏でるのはオルゴール。この着信音を聞き、コンマ一秒で反応し、携帯を取り出した。救いをこの向こうにいる相手に求める。


「邉!」

『もしもし。姉さん? ちょっと聞きたいことが……』

「今、目の前にあんたをいじめていた、私と兄さんがとっちめて、私が脅したのに、そのことに喜んでいる変態がいるんだけど、どうしたらいい?」


『あ、それ久藤だ。俺の友達だよ』


 耳を疑った。


 もう一度頭を整理する。邉の言葉を一言一句追ってみた。『俺の友達』つまりかつて邉をいじめていたあのガキ大将は現在は仲良くなって、しかも友達となって私の目の前に現れた、ということだろう。


 受け入れたくない。歯がゆさが込みあげ、のど元に痛みを伴う。明確なストレスが私の心を痛めつける。

 というか……



「久藤君、外堀から埋めすぎ」



 久藤君に携帯を投げつけた。

変態御免 (ザクッ)


ぎゃー

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