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嘘つき四つウサギ  作者: 千羽稲穂
第一章 兄ウサギ
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予感

 実際のところ、私達兄妹は仲が良い方に分類されるだろう。


 よく兄弟で遊んでいるし、姉妹でショッピングに行くことだってある。そういうことをよくしているのだから、仲が良い方だ、と確信できる。


 なぜそんなに仲がいいのか、その理由は私達兄妹の年齢差にあるのかもしれない。


 例えば、私と兄さんは七歳違いだ。私がひょっこりこの世に生まれた時、兄さんは七歳だったわけだ。七歳というともう既に小学校に行ける年齢で、しっかりと物心もついているし、記憶も残っているはずだ。


 だからもちろん、兄さんは私の世話をしていただろうし、私が赤ちゃんだったころどういう理由で『染香』なんて名前を付けたのかは知っているだろう。例えるなら、兄さんは私の人生を間近で見てきた目撃者といったところだ。


 そして、今もまだ兄さんの私に対してのそのお世話は続いている。いつまでたっても兄さんは私を大人扱いをしてくれない。今も『大学生』と言う言葉で『子ども』とひとくくりにされる。


 兄さんとの差は七歳。今、私が二十一歳なので、今年で兄さんは二十八歳だ。これだけの差だ。確かに兄さんから見て私達弟妹は愛おしくもなるだろう。


 その愛おしさは私にはよくわかる。


 邉と私は二歳差で、年も近くそれほどまでに差はないのだが希星には十分な差があった。希星と私は六歳差で、兄が私に対しての差とほぼ同等だ。

 だから、私は希星をかわいらしく思っているし、大切にしている。私もまた、弟や妹をまだまだ子どもだと感じる。


 四人いれば、お互いの嫌な点や合わない点も見つかるのだが、幸いにも私から誰かに対してそういったものはない。

 兄さんとは兄さんが私を甘やかしてくるし、邉は邉で私がいなければ幼いころは一人ぼっちだったこともある。希星とは同じ女の子だからか気が合い、たまに何かを買ってあげる。一緒にショッピングに行き、希星から学ぶこともある。希星曰く、私にはまだまだ女性として足りないものが多いそうだ。


 以上の点において、私はやはり一般的に見てこの兄妹は珍しいぐらいに気の合う兄妹なのだと確信している。


 仲良きことは良いことなり、と先日のラーメン店のことを思い出し、椅子に腰かけた。


「でも喧嘩、することもあるだろう?」


 書類が散乱する机に目を通しつつ、背後から声をかける黒木さんに耳を傾けた。


「もちろん。昔は多かったですよ」


 探偵事務所は、とにかく書類が整っていなかった。何がどこにあるか、はわかるのだがどうでもいい文書がこうして雑な扱いをされている。秘文書等は別のところに保管してあるのでセキュリティーに関しては、この散乱する文書はいい目くらましになっていいかもしれない。しかし私はこの荒れ狂う部屋がいただけない。


 昔ながらのデスクに、スタンド。白い紙に、積まれた紙、散らばった紙、舞う紙。字の海に溺れそうなほど目がくらむ。紙で白いのに、時折黒い文字が浮かんでいるから兄さんが『ウサギ』を使ったみたいに視界がちかちかする。


 悪い夢だ、と思ってみても視界は開けない。

 全くもって、これは現実だった。


 背後でくるくると椅子を回転させて、遊ぶ黒木さんはそんなことお構いなしだ。ひらひらと着ている茶色いコートが揺れる。すらっとした足が伸びている。


 くるっ、と一回転したたびに見えるのは、兄さんと同じぐらいの二十歳後半の男の顔だ。ほどほどに焼けた顔に、ほどほどに膨らんだ頬に、ほどほどに太ったお腹は年齢相応で、きっとこういう人が『安定』を好む女性に好かれるのだと、今までの経験から考察した。


「ところでさ、君今日の夜空いてる? もしよければ二人っきりでディナーしない?」

「空いてませんし、黒木さんと二人っきりとか気持ち悪くて嫌です」


 辛辣、と唸るこの男が実はこの探偵事務所を経営している黒木くろき和樹かずきだ。


「女の子はこれで落ちるのになあ」


 そして、筋金入りの女たらしだ。


「女遊びもほどほどにしてくださいよ黒木さん」

「そんなにしてないよぉ」

「昨夜、黒木さんが某ラブホテルで本屋さんでふっかけた女性といるところを目撃した方がいたそうですよ」

「そんなところいたっけなあ」

「とぼけたって無駄ですから」


 私はそこで、資料を一枚抜き出し黒木さんの椅子を止めた。黒木さんが何かに期待したように、私に顔を近づけたが、そこですかさず資料を提示する。


 資料はありとあらゆる黒木さんの女遊びのことが書かれていた。私が自分の足で手に入れた情報ばかりだ。


 これらの情報は簡単に出てきたもので、この人がわざと隠していない物だ。


 黒木さんが資料を見て、一時停止した。表情がさっきの余裕ある笑みのままだ。私はより見えるように資料を顔に張り付けた。


「まだ、ありますからね。あなたが何を言って口説いて、そのあとどのような情事に及んだか読みあげましょうか?」


 勝ち誇ったように、私の声には快活さが混じっていた。


「これは……」黒木さんは資料を手に取る。「何か……」

「いつもの『何かの間違い』じゃないですからね」

「厳しい」


 全くこりないなあ、と嘆息する。

 黒木さんは凄い人だ。いつもはこんな感じで女遊びにかまけているが、本気を出せば、きっと私の手にも及ばないほどに情報戦を繰り広げる人だ。

 

 本当は、いろいろ聞きたい。しかし、いつもこういうどうでもいい情報ばかりしか黒木さんからはでない。


 あの時のことだってそうだ。






 数年前、黒木さんと出会った日のことだ。

 あの時は頭ががぐちゃぐちゃだった。何をしたらいいか、このままではいけないのに、動けなかった。


 目の前には冷たくなった『何か』が転がっていた。足元には透き通った美しい罪の色のみずたまりが広がり、私の靴やスカートが罪の色を吸っていた。手が真っ赤だった。色鮮やかな真っ赤な花が手に咲いている。


「やあ」


 そこに現れたのが、黒木さんだった。


 茶色いコートを身にまとった私より年上だろう風貌の男は、私に手を差し伸べた。


「今は良い気分なんだ」


 黒木さんは私と目線を合わせ腰をかがませた。その表情に笑みを浮かべ、鋭い眼光を光らせた。漆黒の死神を思わせる髪が揺れる。


「だから、君を救おうと思う」

 私はその手を強く握り返した。






 それから裏に関わって今に至るのだが、黒木さんはもったいないとつくづく端々で感じるようになった。


 黒木さんの情報網、人脈は目を見張るものがあった。私の兄妹がお互い裏で何をしているのかを知らない状態から黒木さんはあぶり出し、それとなく私に告げた。思えば今のややこしい関係は黒木さんから始まったのだ。


 兄が泥棒、私が探偵で、弟が仲介者、妹が掏り師、なんて知った日には、黒木さんは大笑いしていた。


 なんだっけ……


「うける」


 あの日そんなこと言って、頬に赤い手形をつけていた。


 弟が仲介者をやっていることなんて、普通気づかない。仲介者なんていう繊細な情報戦を繰り広げているのだから身内に情報がながされないようにするだろう。それをどこからか情報を仕入れて、それとなくいうのだからたちが悪い。


 若くして仲介者のようなことをしている、売れない探偵をしていて、それでいて情報を隠せるほどの力を持っている。時折見せる怖い眼光に竦むこともある。


 一体何者かなんて今の今まで聞いたことがない。ただここで情報を仕入れるバイトをして、探偵としていろんな人と黒木さんの隣で関わってきて、何者でもない黒木さんと向き合う、今がある。






「それよりさ、兄妹喧嘩してない?」


 黒木さんが資料を放り投げて、椅子から身を乗り出す。興味津々だといったようで、目を光らせていた。


「さっき言ってたように、昔は結構ありましたよ」


 それこそしょうもないくらいたくさんあった。今でも折に触れてたまにある。


 兄妹の中で、特別相性が悪いことはざらにある。昔は、私と兄さんとが相性悪くて、なんどとなく取っ組み合いの喧嘩になったし、希星のプリンを食べたときは希星は私と一週間口をきいてくれなかった。私から見たことじゃなくても、希星と邉は相性の問題なのか今もギスギスしている。大きな喧嘩には発展していないようではあるが。


 でも、それでも一緒にいろんなことしたり楽しんだり相性以上にいろんなことをしているから全体的に仲がいいのは変わりはない。


「今は、ないんだね」


 黒木さんはなぜか落ち込み、目の色を沈ませた。


「『今』はめったなことでは喧嘩しなくなりましたね」


 昨日なんてラーメン一緒に食べに行ったんですよ。その帰りに私掏られたんですよ、なんて口から出そうになったが寸前で止める。黒木さんの表情がいつもより険しかった。


「俺はさ、実は昔から予感を感じる事に長けてんだ」

「はあ」


 言い出すことに、私は胸騒ぎを覚えた。はやくこの人の言葉を聞かなければと使命感が湧いた。


「てっきり喧嘩か何かだと思っていたんだけど外したみたいだ。これは一個人としての予感なんだが、君これからとっても苦労することに直面するんじゃないかな」

 言葉を反芻して、ここ数日の記憶を手繰り寄せる。

 これと言って大きな苦労しなかったことがなかった。いつも隠そうと必死で、でも楽しくて苦労さえはねのけてしまうほどに幸せだった。

 合ったとしたら先日の男の件だ。あれも黒木さんが根回しして終わって今はひと安心しているところだ。


「いつも小さな苦労はしてるんですけどねぇ」

「いつもしてる倍は来るよ」


 はははと黒木さんが笑う。その笑いに余裕が含まれていて、少しばかり怒りが煮え立ってくる。

 私のことも何でもお見通しだとでもいうように、私のそばにいる。正直出会った直前は頼りになったが、今は鬱陶しいことこの上ない。


「そう。だから、僕を頼ってよ。良い殺し屋紹介するよ」


 そうしてくるくると再び椅子を回す。


「それに対するお代は?」

「一夜を共に」

「却下です」


 それから私はしばらく書類を整理するために手を動かした。動かすたびに書類の中から『殺人』や『殺し』という文字が浮かび上がってきた。この言葉だけ私の目には赤が着色されているように見える。


 いくらかその文字を見送った後、黒木さんが口にした『殺し屋』をふと気になってしまう。


「その殺し屋って?」


 黒木さんは椅子をくるくるさせるのに酔ったのか座った状態のままぐったりとしていた。青ざめた顔で私へと鋭い目を向ける。


「言ってなかったっけ?」

「言ってる、言ってない云々じゃなくって、黒木さんがそういうものに首を突っ込んでるのは知ってたんですが、そういうコネクション使うのが見慣れなくって」


 はははと乾いた笑いとともにせき込んだ。重そうな頭を精いっぱいの力で持ち上げて、私を見た。


「使うよ。それよか、使うというか、あっちが僕にたまーに絡んでくるんだ。事務所のほうはどうかって」

「なんで事務所なんですか」

「この事務所、その殺し屋から譲ってもらったんだよ。好きに使っていいよって」


 珍しいこともあるものだ。殺し屋が探偵、探偵が殺し屋、そんな遍歴見たことがなかった。その殺し屋を一度見てみたいとも思った。


「僕達みたいなやつらはさ、あーいう人に吸い寄せられるんだよなあ」


 僕『達』とは私が入っているのだろうか。私は気になりながらも、気にしないふりをした。ポーカーフェイスを決め込む。


 そういえば私が癖になっているこのポーカーフェイスは元を辿ればこの人の前では感情を見せたくないために育ったようなものだ。いつも女をたぶらかし誘ってくる。それを避けるために自然と身についていた。


 それに、黒木さんと出会ったあの時見せた困惑や私の意思や心を、なぜだかこの人に触れられたくなかった。

 これからのことも本当はこの人に関わってほしくない。この人が関わってしまうと、ややこしい今がよりややこしくなる気がした。


「なあ、染香」


 書類をまとめて、黒木さんを見ないふりをした。


「これから起こること、本当にどうしようもなくなったら、もしあの時みたく膝抱えて座り込むことしかできないんだったら、頼れよ」


 頼ってたまるか。

 喉元まででかかった不安と憤りを飲み込んだ。


 助けられてばかりのあの時とはもう違う。

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