エピローグ01
数億光年の彼方、僕らの住んでいた美しい星がある。
レーダーで届けられるその星は今もその美しさを保ち、帰りたい衝動を齎す。この船に乗ることを許されたのは、極わずか。様々な条件を満たしてきた者だけである。
しかし彼らも万人ではなかった。
帰還することのない旅。
それを知ったのはだいぶ経ってからである。
知らせるべきではない。
その声を上げたのは苗代だった。
だが柊歌はその意見に真っ向から反対をした。
「感情を持たないお前らに、何が分かる?」
冷ややかに言う苗代に、僕は悲しい目で見つめる。
何も知らないまま期待を持たせるのは酷に、僕には思えた。
現実を見て、前へ進むことが生きていく活力にして欲しい。
消去しても、必ずどこかに残ってしまう記憶。
それを教えるため、母さんは危険を冒してまでも、この装置を与えたのだから。
僕は静かに微笑む。
膝を落とす苗代を支え、優奈を呼び出す。
ノイズが酷いがまだ十分可能な範囲だった。
「君はどう思う? 僕の判断は間違っていたと思うかい?」
僕の耳には波の音だけが聞こえていた。
苗代の描く未来に、自分はここには登場してこない。
誰よりも自分自身を否定していたのは、苗代だった。
苗代をカプセルに横たわらせ、頬に残る涙を拭ってやる。
「自分だけ、楽するのはなしですよ苗代さん」
繰り返す波の音に、僕は目を細めハッチを閉める。
采沢が作ったカプセルは改良され、心休めるために有効利用されている。
そして、終わりを知りながら残った仲間がいるってことを、僕らは決して忘れてはならない。
僕の目の前には、果てしなく続く闇があった。
もう一回だけ、僕は優奈に会いたいと強く願う。
辛うじて現実を受け止められた数名が、それぞれの場所で、その時を静かに迎えようとしていた。
――波打ち際。
足を投げ出し胸の前で強く組まれた手。
異変はあちらこちらで始まっていた。
強く深く、優奈は最後の力を振り絞り柊歌を思い続ける。
オペレーターが秒読みを開始し始めていた。
僕は画像を切り替え、そっと目を閉じる。
瞼の裏に、ぼんやり優奈の姿が浮かぶ。
全世界に散りばめられた情報もが、一つ、また一つと途切れ、僕の頬に一粒の涙が零れ落ちる。
ざらつく優奈は、膝を抱えていた。
「不思議。あなたたちが旅立ってもう三ヶ月。季節はずれの雪が積もり、何も知らない子供がそれを見て、はしゃぎ声を上げているわ。ネットでは各国で飛び立った飛行船の目的視されているわ。怜美がばら撒いた情報は錯乱を招き、飽きもせず、暴動にテロ。理由を付けては人は傷をつけあっている。そんなことをしても無駄なのにね。教えてあげたいけど、きっとその言葉も無駄になる。波打ち際、寄せては返す海を見ているとね、本当にこの地球がなくなってしまうのかなって思う。この前のように、あなたと苗代さんが何もなかった様に帰って来て、お土産だと言って笑うの」
人工的に作られた青空に、ひとひらの雲が流れて行く。
「僕らは出会わなかった方が良かったのかな?」
僕は自分の力で、目の前に広がる事象を変えてみせたかった。きみが一緒に来ないことは分かっていた。全部分っていた。
「私たちは運命共同体」
星が瞬く空を見上げ、瑠羅が言った言葉の意味が心にしみ、僕は鼻を啜る。
僕には何もない。空っぽの世界に住んでいる。思い出は誰かのもので、僕のものではない。
「ねぇ、この星を見上げて最後の日を待っているのと、星を探し彷徨うのとどっちが幸せなのかしら?」
優奈の問いかけに、僕は答えられなかった。
「衛星中継された地球を見たわ。本当に綺麗。あなたの目には何色に見えているの?」
青さなどもうとっくに消えていた。
「赤く焼き爛れた星は、だんだん黒く変色し、ぼろぼろと破片を落として行くんだ。それでも太陽は赤く、何も気が付かない月を照らす。それももう見れなくなるんだ。僕らの船はもっと先を急ぐからね」
「おかしいわ。行き場所など分からないのに、どこへ急ぐの?」
優奈の思念が乱れ、聞こえにくくなり始めていた。
「さぁ。分からない。でももっと先には僕らが住める星があるような気がする」
「戦争にならなければいいけど」
「そのために僕らは作られた」
「苗代さん、大丈夫?」
「だいぶ心が疲れて来ているようだ」
僕らはその先の言葉を、自分の中にしまい込んだ。




