第六章 覚醒07
スペースシャトルが無事に打ち上げられ、世間は宇宙に関心が向けられている。苗代の手掛けた映画も完成し、それに合わせて宇宙への旅と銘された宇宙ロケット打ち上げが発表された。
火事で燃え残った研究所の看板を通り過ぎ、レンガの家の前で一旦車を止めた僕らは、先を急いだ。
「少し、寄って行ってもいいか」
苗代の言葉に頷いた僕は、魚沼雅代が眠る寺へと入って行く。
「この人、誰なんですか?」
「俺の母親だ」
じっと見る僕を見て、苗代が笑い出す。
「何だその目は、嘘だと思っているだろ? 俺には母親が二人いる。こっちは育ての親だ。俺の産みの母親は、お前の推察通り、水沢亜紀だ」
黙ったまま見ている僕に、苗代は首を竦めて見せる。
「俺を身籠った水沢は、奇妙な患者の診察を任されていた。その女性が最後に口走った言葉が妙に引っ掛かった水沢は、いろいろ調べたそうだ。そこであの研究所が結びついた」
「やっぱり、最初から知っていたんだ」
「水沢は、研究員としてまんまとあの研究所に潜りこみ、そこでお前と瑠羅の存在を知った」
「横川って、あなたですよね?」
「ああ」
「どうしてです? 何であんなことを?」
「泳がせる必要があったんだ。お前も瑠羅も、采沢が作り出した世界。兵藤は研究室に閉じこもったまま、姿を見せようとしなかったしな」
「それでは辻褄が合いません」
「合わなくていいんだ」
手を合わせるのを止めた苗代が立ち、伸びをすると、僕を見る。
「すべては実験だった。何も染まっていないお前に、佳代と采沢。兵藤に関するものを触らさせ、水沢はあの夜、何があったのかを調べていたんだ」
「それじゃ」
「ああ、お前の記憶は他人の物。お前のものではない」
僕は時計に目を落とす。
「ちょっとした細工だ。悪く思うな」
坂道を下りながら言う苗代に、僕は釈然としないまま言葉を投げかける。
「それじゃ、説明がつかない。僕はあの日、優奈に見せられなかったら瑠羅の存在は知らなかった。優奈の話が嘘だったって言うんですか。あなたは本当は何者なんです」
僕の言葉を無視したまま苗代は、一人の女性とすれ違って行く。
僕はその女性を見て、足を止めた。
河北千穂?
大きなつばの帽子を被った河北が、風にスカートのすそを揺らしながらそこに立っていた。
言葉が出てこなかった。
苗代は後ろ手を上げ、そのまま行ってしまう。
「しゅう」
眉間に皺を寄せ見る僕に、河北は手で口を押える。目にいっぱいの涙が溜まっていた。
無視をして、その横を通り過ぎようとする僕に、河北は震えた声で、待って。と引き止める。
「しゅう、私は」
「僕は話すことはない」
「ごめんなさい」
「どうして謝るんです? あなたに謝られる筋合いはない」
河北の言葉を突っぱねた僕は、そのまま苗代の元へ向かった。
失うものなんて、少ない方が良い。
そばを流れる沢の音が、ここと良く聞こえて来ていた。
方々から生え伸びる季節の草花に目をやり、フッと口元を緩める。
こんな小細工、何の役に立つ。
まるでそこで時間が止まってしまったかのように、動きを止めてしまっている河北を、僕は顧みる。
所詮、じゃれ事。
僕の視界から、徐々に色が失われていく。
タイムリミットは近づいている。




