第六章 覚醒05
采沢の元を離れた佳代は、新生児室で、寝かされている赤ん坊をじっと見つめていた。
「そんなところで何をしているの?」
懐中電灯をあてら貴代がほくそ笑み、そのままフラフラと出て行く。
そんな現象を見詰めていた僕の横で、苗代が呟く。
「この研究所は一体なんなんだ?」
僕の薄い態度に、苗代が頭を掻く。
「すまん。知っていた」
「ですよね。ここはあなたの父親が建てた研究所。あの夜、采沢と優奈の母親に何があったんです?」
聞かなくても僕には分かる。しかしどうしても苗代の口から言わせたかった。
「下らん話だ。元々二人は知り合いだったんだ。采沢はクローン人間の研究をしていた。そこに兵藤が現れ、より完璧な人間を作ろうと持ち掛けられた。脳に何らかの刺激を与え、それによってどんな現象が起こるか、こともあろうか人間を使って実験を繰り返していた。最初は犯罪者だった。しかしより精巧なデーター集めが欲しくなった二人は、人買いをしだした。貧しそうな人間や、孤児院の子供を使ってな」
「優奈の母親も?」
「ああ。優奈の母親は貧しい農村地帯に訳があって、身を隠すように暮らしていた。そのあたりはお前の方が詳しいと思うが」
「父親が、過ちを犯してしまった」
「そうだ。母親、つまり藏下佳代がまだ3歳の時だ。事業に失敗し共同経営者であった友人を包丁で一突き。でも、もうそうなることは、佳代の予言により母親の方は知っていた。止めようと必死で試みたが、そんな妻や子にまで包丁を振りかざし、とうとう犯行は執り行われてしまった」
「追われるように母親の実家があったあの村へと逃げ帰った」
しばらくは平和な日々が続いていたが、それを打ち破ったのが采沢だった。
言葉巧みに母親を騙し、佳代は研究所へと連れて行かれた。
佳代もまた、采沢の嘘を知っていながら、それを一言も口に出さずにいた。それは、定かではないが、僕は目を強く瞑る。
おそらくこの光景が、目から離れなかったからだと思う。
青い地球が、真っ赤染まる光景がそこにはあった。
全開にした窓から朝の冷たい風が吹きこみ、僕は一人、目の前に広がる大地を見つめていた。
部屋の中では、わさわさとあらゆるスペシャルリストが最後の調整を行っている。
「ほい。コーヒー」
「ありがとう」
苗代が、ポケットから煙草を取り出し一本銜えるが、僕はそれを取り上げた。
「もうそろそろ禁煙しなよ。向こうへ行ってから苦しむのは自分だよ」
「だからだよ。今、吸っとかないと一生後悔するだろ」
英語にフランス語。ドイツに中国語が飛び交う中、苗代庸一が満足げに書類に目を通している。
先祖代々からの政治家。何の苦労もなく、ぬくぬくと育ってきたこんな奴が生き残って、なぜ多くの人々が何も知らずに、死んで行かなければならないのか、いまだに僕には理解できないでいる。国家機密。知っているのは極わずかな人間だけ。慎重に選ばれた科学者や医師、学者に技術者が集結されている。ここにはいないが、各地で厳選された資産家たちと、僕みたいな人間があらゆる所で、ばれないように集められている。
「出発はひと月後、それまでに不穏な動きをする人物は、全員処分しろ」
僕の肩を叩き、そう言って中へ戻って行く苗代を、目で追う。
虚しさだけが、僕を支配していた。
サングラスをかけ部屋を突きぬけて行く僕に、庸一が声を掛ける。
「選別を急げ」
無情な言葉に、僕は何も答えず通り過ぎる。
空はどんよりと曇っていた。
風の冷たさに身を震わせながら、車の前を通り過ぎ、一軒の家を訪ねる。
「おはよう」
横たわる瑠羅に話しかける。
「きみはこんなことに手を染めてはいけない」
「もう手遅れよ」
疲れ切った顔の優奈が言う。
ハッキングを続け、電子経路をパンクさせようとしている瑠羅を阻止するために、僕らはあの研究所に向かった。一連の犯罪は瑠羅が先導して引き起こったもの。優奈の父親は、ある事実を気付く。
それと同時に妻が言っていた言葉を思い出したのだ。
「この星は滅びます」
太陽に隠れていた小惑星が、地球に向かって動いているのは確かだった。
佳代が、言いだしてからおおよそ10年の歳月が経とうとしていた。
新たな地を開拓のため、ロボットでは計り知れない、より人間に近い精度の高いクローンを観測に行かせる計画案が打ち出された。
つまらなそうに聞いている僕を見て、苗代は肩を竦める。
「まだ話すか?」
「お願いします」
やれやれと首を振った苗代が話の続きを始める。
燃え落ちていく研究所で起きたことを、僕の目に色鮮やかに映し出す。
ある夜を境に、采沢が失踪したのはその頃だった。
当時恋人のが、水沢亜紀。
失踪した采沢を血眼になって探し歩く水沢を、佳代はずっと廊下の窓から見ていた。
幽閉されているはずの佳代が、ふらりと診察室にやって来たのは、お腹がだいぶ目立つようになり始めた、妊娠7か月の時だった。
「本当に、その子を生む気?」
佳代がほくそ笑む。
「ね、良いことを教えてあげましょうか。その子には特殊な能力がある。どうしてかって言うとね、私が全部あげちゃったから」
「何を、言っているの?」
「さぁ」
バカ笑いをしながら診察室を出て行ったのが、水沢が佳代を見た最後の姿だった。
肩を竦めて、苗代が僕を見る。
そして数年後、ついに水沢は采沢の居場所を突き止め会いに行った。
そこで見た光景は、水沢にとって、あまりにも残酷すぎる事実だった。
ゆっくり僕は苗代の方へ顔を向ける。
「そうですよね? 横川さん」
苗代が言葉なく、笑う。




