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レッドアイ  作者: kikuna
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第五章 撹拌08

 映画の撮影は順調に進められているらしい。苗代の下に逐一報告が入るが、これを見せられる僕として、笑うしかなかった。全てがフランス語やら英語やらで書かれているメールは、僕にとって解読不能で、それを読んでにやにやできる苗代をこの時ばかりは、尊敬の眼で見つめなければならない自分を認めるのも、なんだか癪に障った。月の終わりに執り行われた選挙も、苗代庸一の圧勝に終わった。

 ゆっくりと階段を降りて行く。

 向かう先は……。

 すべての景色が同じに見える。

 すでに臭覚の感覚さえ麻痺してしまったようだ。

 僕の存在は、この世にはない。

 呆れ顔をで見ている僕に、柊歌もすればいいのにと、ツイッターやフェイスブックを、平然と進めて来た。

 有り余るほどの時間。

 誰も僕のことを知らない。

 フッと口元を緩める僕の横を、髪の長い女性とすれ違い足を止める。

 瞬きを数回。

 その相手が、誰なのか分かった僕は、ぎこちなく挨拶をし返す。

 河北千穂だった。

 「覚えていらっしゃるかしら」

 たぶん、この人は見抜いて来るだろう、と思っていた。

 「ええ」

 言葉短く答える僕を、河北は目を合わせようとはしなかった。

 つばの広い帽子に色の濃いサングラス。

 お互い、その方が都合がいい。それだけの理由。干渉は無用。この人に会った時から感じていたものだ。そんな人が自著伝と、違和感を覚えたことを、今でも鮮明に覚えている。

 平日の日比谷公園。

 それなりに人が出ている。

 僕は近くにあったベンチへ、腰を下ろす。

 「こちらへは?」

 わずかに唇を動かして聞く僕に、河北は帽子を取り、髪を掻き上げながら微笑む。

 「少し気晴らしを、しようかと思って。あなたは?」

 僕は上目遣いで河北を見る。

 微かに薫甘い香りは、河北が付けている香水だろうか。

 「僕も何となく」

 僕はそう答えながら、どうしてだろうと思う。

 自分でも自分の行動が、説明できない時がある。

 何か目的があって、ここへ来たはず。しかし、僕の記憶にはそれがない。それが病気だったら、どれほど楽だったか。

 冷たい北風が頬を刺すように吹いて行き、二人の間に沈黙が広がって行った。


 「悲しい目をしている」

 口を衝いて出てしまった自分の言葉に驚く僕に、河北は静かに微笑む。

 「そう見えてしまうの。あなたには?」

 僕には河北を直視することが出来なかった。

 さりげなくた違った僕は、じゃあと立ち去ろうとしていた。

 「待って」

 緊迫した河北の声に、僕は足を掬われ、振り返る。

 きっと今の僕は正常ではない。

 「いいの。何でもないわ。お元気で」

 僕は無表情のまま、頭を下げる。

 

 部屋に戻った僕は、壁際でひっそりたたずむ優奈に微笑みかける。

 「やはり気が付いていたんですね」

 買って来た弁当を二つ広げ、座るように手招く。

 苗代風に言えば、すべてはゲーム。バーチャルの世界。3Dに生きているだけ。そこに理由も意味もいらない。

 音もなく目の前に座る優奈に、僕は静かに口を開く。

 「きみの存在は、僕の中から取り除かれている予定だ。苗代がそう仕組んだ。プログラムを書き換えたのは、君だね。どうしてそこまでして、君たちは僕の拘るんだ? 君たちは僕の何を知っている?」

 僕が送った思念に反応して、優奈の瞳が揺れる。

 「兵藤が、死にました」

 「兵藤が、なぜ?」

 「研究に行き詰っての、自殺だったそうです」

 悲しみの色が濃くなった優奈の瞳に、怒りに満ちた僕が映っていた。

 街の雑音だけが部屋に充満して行く。僕の脳裏には、おぼろげに兵藤の顔が浮かんでいた。

 黙り込んでしまった僕は、少年そのものだった。

 すべての音を遮断し、膝を抱える。虚ろな瞳には何も映っていない。

 「ごめんなさい。私、もう行くわ」

 僕は軽く首を傾ける。

 「そんなことを、伝えるために、ここへ来たんじゃないよね」

 徐々に戻ってきた感覚に、僕は身を任せる。

 掴んだ優奈の腕は細く、今にも折れそうだった。

 「ダメ。私を、私を見ないで。お願い」

 優奈の必至な叫びに、僕は顔を歪ませる。

 「まさかだろ?」

 「仕方がなかったの」

 僕の手を振り払って、部屋を飛び出して行く瑠羅を、僕は呆然と見送っていた。

 信じがたい事実だった。

 レースのカーテン越し、母親が庭に出て泣いているのを、僕はそっと見ていた。

 記憶が鮮明になって行く。

 そうじゃないあれは。

 「これは忘れるの。いい子ね」

 あの時の香りは……。

 「ねねね、遊びましょ。私とあなたはお友達」

 瑠羅の高い声が頭に響き、僕の記憶はすべて消去された。

 

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