第五章 撹拌07
ギゼンシャ。
ふと浮かんだ言葉に、僕は苦笑いをする。
至極当たり前で、立派なことをがなり立てる演説。
赤らめた顔。かすれた声。愛想笑い。
この時とばかりに善人面を作る、この集団が僕はどうも好きになれずにいた。
改革案。国民の味方。
聞くに堪えなかった。
街頭演説一日目で、僕は吐きに吐きまくって、お役御免を許された。
今は、空になっている間の選挙事務所の管理。その保護者として、苗代も一緒に足を机の上に投げ出し座って、三日が経つ。
「そう言う態度、後援会の人とか報道マスコミに見られると、ヤバいんじゃないんですか」
「大丈夫。僕ちゃん、人に愛されやすいから。愛嬌で片付けられる」
「そんな訳がないでしょ。せめて、その足をひっこめてくださいよ」
「嫌だ。ああ退屈。またアメリカ、行っちゃおうか」
「アメリカ、好きですね」
躰を乗り出した苗代が、僕を手招きする。
「何ですか?」
「あっちの女は良い。お前も、童貞を捨てるなら、あっちの女にしろ。情熱的だぞ」
「もう忘れていたのかと、思っていました。僕は、一生、このままでいいです」
一生を強調して言う僕を、苗代は鼻で笑いながら言い返してきた。
「一生か」
「はい。一生です」
「気持ち悪い」
「気持ち悪くて結構」
そこで話は中断された。
ドアが開かれ、一人の初老のご婦人が立っていたからだ。
「どうかしましたか?」
「苗代先生は?」
アクセントが違う喋り方に、僕らは顔を見合わせる。
「おりません。苗代に何か御用ですか?」
身なりはきちんとしていたが、どこか違和感があった。
「用ってほどのことではないんです。これを渡してもらえませんかね」
苗代が、手渡されたものを不思議そうに眺める。
「私はこれで」
微笑んだ顔が、歪んで見えた。
苗代も感ずるものがあったのだろう。
「おばあさん、これ誰から預かりました?」
呼び止められ、婦人は微かに肩を動かし、そのままそ知らぬふりで部屋を出て行ってしまった。
「苗代さん。ここで一番広くて人がいなそうな所ってありますか?」
「わからん」
「爆弾処理班呼ぶまで、何時間かかります?」
「よく分からないけど、10分くらい掛かるんじゃないの」
「それでは間に合いません」
きょとんとしている苗代から、僕は袋を奪い取り、一目散でバイクへ跨る。
「僕が死んでも泣かないで下さいよ」
「どういうことだ」
「あんたって人は」
苗代は肩を竦めてみせる。
苗代が、おい、どうしたんだ? 待てよ。などと慌てふためき喚くのを尻目に、僕はつい、ブラボーっと笑ってしまっていた。
しかし、と思う。
ハードボイルド風に、行こうじゃないか、と確かに苗代が提案してきたのは認める。そう都合よく、と言い返したことも覚えている。エンジン全開で行けば、
ものの5分で河原に到着できる。出来すぎた話だ。童貞ちゃんと、僕ちゃんが組めば、無敵ね。そう言って薄気味悪い笑みを浮かべた苗代が目に浮かび、僕は舌打ちをし、バイクから転げながら下り、手にした、婦人から渡された袋を、力の限り遠くえ投げ入れた。衝撃波で躰がなぎ倒される。
すべてがゆっくりと僕の目の前を通り過ぎて行く。
だんだん現実帯びてくる。
運が悪かった。としか言いようがなかった。
次々と担架で運ばれていく人たちを、どんよりとした目で見ている僕の横にやって来た苗代が、深刻ぶって話し掛けてきた。
「お前、何で分かった。珍しくバイクに乗りたいなんて言うから、おかしいなと思ったけど」
僕は苗代の顔をチラッと見てから、答える。
「勘です」
記者が聞き耳を立てているのは、充分わかっていた。
「ほぉ。勘とは、凄腕を部下にしたものだ」
「茶化さないでください」
「僕ちゃん、パパちゃんにお願いしちゃおうかな。ぜひうちの秘書に、防衛庁長官をさせてやってって」
「いい加減にしないと、殺しますよ」
「怖い。おまわりさん、この人を逮捕しちゃって。僕ちゃんを殺すって、今ここで脅迫されました」
言われるまでもなく、僕は立派なテロリスト扱いされています。
手錠をかけられ、目が開けられないほどのフラッシュが僕を包む。
それも苗代のシナリオ通りなのだろう。
爆破物を渡した老人は、犠牲者の一人として、死亡者名簿に名前を連ねていた。
振り返る僕に、苗代が敬礼をしてみせる。
これですべてのお膳立ては済んだ。ってことか……。
一度軽く目を閉じた僕は、次の行動を起こしていた。
パトカーは大破。
逃走する犯人を、射殺。
トップニュースで上げられた顔写真は、僕とはまるで違う人物にすり替わっていた。




