第五章 撹拌04
アメリカを拠点に僕たちは、各国を飛びまわっている。
映画の撮影が始まり、そのスタッフの一員としての同行の旅だ。苗代の語学力は波はずれていて、通訳をほとんど必要としていなかった。僕は一人取り残されたように、そんな苗代の傍を離れられずに、ぼんやりとそのやり取りを見守っていた。
苗代の魂胆が大当たりということだ。
海外なら、僕がいくら逃亡しようと思っても恐怖心が先立って、逃げる気も起きない。握手くらいなら、どうにかやり過ごせる。後はその人の目を見ないように、苗代が用意してくれたサングラスをかけていれば良かった。
本当にどこまで金を持っているんだ。
サングラスを外し、僕は特殊加工されたレンズをハンカチで拭きながら、苗代を見る。
瞬間、僕は苗代に向かって走りだしていた。
とっさの判断だった。
「あいつを捕まえろ」
行き成り投げ倒され、判然としない苗代を庇いながら、僕は観衆の中にいる白人を指さし、叫んだ。
発砲とする手が射撃され、男が蹲る。
大観衆の目前での出来事だった。
「しゅうちゃん、僕ちゃん惚れちゃいそう。チュウするか? チュウ」
「何バカなこと言っているんですか、あなたはたった今、命を狙われたって解っています」
「うううん。僕ちゃんのハートを射止めたのは、しゅうちゃんだったってオチでしょ」
「もう良い。もう沢山だ。立てますか?」
「何マジで怒っているんだよ。ジョークの一つも言わないと、この震えが収まらん。助かったよ。命拾いしました」
苗代がズボンについた泥を払いながら、僕の肩に手を置く。
「これ、今日触ったでしょ」
苗代に、僕はハンカチを見せる。
「ああ、テーブルの上に忘れていたから、お前の上着ポケットに返しておいた」
「違います。あなたはこれで、胸にある護身用のピストルを磨いたんです。僕は自分がしまうのを忘れてしまったものと勘違いして、ポケットにしまってきてしまった。これはあなたのハンカチです」
にっこり微笑む僕から、苗代はハンカチを受け取る。
騒然としている関係者に詫びを入れながら背を向けた苗代に、わざとですよね。と僕は声を掛ける。
苗代は、右手を高く上げてみせる。
「ったく。試しやがった」
ここまでリアル感を出さなくてもと思うくらいの規模。各国が大小さまざまなスペースシャトルを作り上げていた。張りぼてにしても精巧に作られてある。ここまでやる必要性があるのかなと発射台を見上げ、僕は首を傾げる。その精巧さに、お偉いさんたちまで視察に来るほどだった。
物語は繊細に進められている。ここまでやる必要があるのかと僕居、苗代が皮肉めいた笑みで、
「何を仰っておりますやら、これはあなたが描いたシナリオじゃありませんか?」
と、返され絶句してしまう。
それこそが、苗代のシナリオそのもの。
今回も、スーパーアドバイザーの位置づけで同行してきている。あくまでも表向きは僕。
きっと今の射撃シーンも、この人なら使う。
苗代が振り向き、歯を見せる。
ゾッとした僕はサングラスを掛け直し、一人その場から離れる。
その日を境に、僕の体調はどんどん崩れて行った。
目が明けていられないほどの頭痛に悩まされ、耳鳴りが酷かった。食事もままならずベッドから起き上がることも辛くなり、見かねた苗代が帰国を勧めてきたのは、撮影も残り三日という朝だった。
宇宙飛行士さながらの訓練シーン。離脱して行く役者たち。そのリアルさがいいとカメラを回し続ける。
物資を届けるためにだけ無人ロケットが発射させられるシーンを見届けて、僕は帰国の途に就いた。




